婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒

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3、次の婚約者

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その口調は、実務的だった。

まるで私の人格ではなく、"公爵令嬢アーリン"という肩書きを望んでいるようだった。

私はゆっくりとナイフを置き、彼をまっすぐ見据えた。

「では、私でなくても構わないのですね。条件さえ合えば、誰でも」

ベンジャミンは少しだけ眉を寄せた。

「……そうだね。だが、私は国のために最良の選択をしている。」

その瞬間、胸の奥で何かがぷつりと音を立てて切れた気がした。ああ、まただ――。


クリフも、最初は優しかった。けれど私ではなく、妹に恋をした。私はまた、「都合のいい女」として、政略の枠に押し込められるのか。

「申し訳ありませんが、私には"努力して愛される"という言葉は、慰めにもなりません」

そう答える私の声は、思った以上に冷たかった。

ベンジャミンは少しだけ驚いたように私を見つめ、ふっと笑った。

「……強い女性ですね。ますます気に入りましたよ」

その笑みが、さらに私を苛立たせた。

誰かのために、自分の人生を差し出すのはもう終わりにしたい。

私は、ただ誰かの"心"が欲しいだけなのに。


胸に渦巻く怒りを押し殺しながら、私はひとつ深く息を吸い込んだ。

――私には、グレイブがいる。あの人だけは、立場ではなく"私"を見てくれているのだから。


父の笑みが、やけに誇らしげだった。

「お似合いの二人だな。」

その一言が、部屋に重く響く。

まるでその場で、私の未来が決定されたかのような口ぶりだった。


私は、思わず手の中のグラスを握りしめた。

会話の中身など、もはや上の空だったが、適当な相槌を打っていた私を見て、父は満足げにうなずいていた。

ああ、なるほど。やはり父はグレイブよりも、ベンジャミン王子との結婚を望んでいるのだ。


そしてそれを察してか、王子はすっと席を立ち、私の正面に歩み寄ってきた。

「次に会うときは――結婚式かな?」

冗談めいた口調で言いながら、私の手を取ろうとする。

「……お急ぎですね、王子。」

私はあえて少し笑ってみせる。だが、その笑みの下にあるのは、確かな拒絶だった。

「私はまだ、“結婚する”とは申し上げていません。」

そうきっぱりと告げると、王子の眉が僅かに上がった。

だがその目には怒りでも戸惑いでもなく、まるで駆け引きを楽しむ狩人のような光が宿っていた。


「君のその唇から、“ベンジャミン王子と結婚したい”という言葉を聞けるまで、私は決して諦めないよ」

そしてそのまま、彼は一歩、また一歩と近づいてきた。距離が縮まり、私の鼻先に、彼の吐息が触れそうになる。

「――ぜひその唇から、私と結婚したいと言わせたいな」

その言葉とともに、彼の顔がぐっと近づく。

私はとっさに椅子から立ち上がった。柔らかくも確かな拒絶の意志を込めて。

「王子。あまり軽々しく距離を詰めるのは、礼儀を欠く行為かと存じます」
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