Solomon's Gate

坂森大我

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第二章 星系を守護する者たち

グレッグとアイリスの密談

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 ミハルが辞令を受けるより遡ること三日。話が動き始めたのはグレッグに手術の説得をしたあとである。ミハルがオペレーションルームを出て行った直後のことだ。

 オペレーションルームに残されたグレッグは考え込んでいた。仮に足が元通りとなれば自分はどう変わるのか。今よりも高みを目指してゆけるのか、或いはミスがなくなるだけだろうかと。

「今まで考えもしなかったことだな……」

 言ってグレッグは小さく笑い、眠気覚ましのコーヒーを口に含んだ。なぜだか気持ちが昂ぶっている。手術を決断しただけであったというのに。

 そんな折り、急に通信回線が開いた。グレッグは直ちに応答する。

「こちらJCTL。要件をどうぞ」
 このような時間に通信など出撃以外の何でもなかった。グレッグは通話メモをオンにして内容を聞く。

『本回線はLCSBF通信です。モニターリンクを許可してください』

 ところが、通信は始まらなかった。どういうわけか大容量SBF通信であるとのこと。これにより出撃という線は可能性として低くなっている。

「リンクを許可する……」
 不審に感じながらも許可を出す。コールと同時に接続をしたグレッグは通信先を見ていなかった。接続先が地球圏なのか火星圏なのかと不安を覚えている。

「やあ、大尉! 久しぶりだな!」

 割と良くない想像を働かせていたグレッグだが、モニターに映る顔を見て安堵していた。モニターには美しく長い金色の髪が揺れている。その発信者は彼がよく知る人物に他ならない。

「何の用だアイリス? 無駄にラージキャパを使うんじゃない……」
「どこかの重鎮に怒られるとでも思ったか? なぁに、愛らしい弟子の顔を眺められるようにとの配慮だよ!」

 通信相手はアイリス・マックイーン。数年前まで毎日見ていた生意気な笑みがそこにあった。

「その喋りは何とかならんのか? 年上への敬意ってものをだな……」
「私はクェンティン司令に対してもこんな感じだぞ?」

 呆れてものが言えない。アイリスを教育したのは他ならぬ自分自身だが、確実に間違っていたことを身をもって痛感している。

「とんでもない爆弾を抱えちまったな。クェンティン司令も……」
「私は自由にして良いんだぞ? 司令がもう好きにしてくれと言ってくれたんだ……」
「それは呆れてるんだよ! 気付け!」

 本当に疲れる。彷彿と過去の記憶が蘇っていく。アイリスと話の噛み合う人間がこの世に存在するのだろうかと本気で思った。

「それでお前、怪我の状態はどうなんだ? まだ病棟だろう?」
「よくぞ聞いてくれた! 腹を切り裂かれたり大変だったんだ! それにあれだ……」

 嬉々として話すアイリス。どうにも大手術をしたとは思えない口ぶりである。

「私も左足を切り落としてしまった! 大尉と同じだぞ! いや、私は棒きれなんぞ選ばなかったがね?」

 なぜか満面の笑み。冗談を言うために切り落としたのかと思えて仕方がない。またアイリスならば、それをしかねないことをグレッグは理解していた。

「まったく結婚前だってのに身体中切り刻みやがって……。足を切断して笑ってるとか女としてありえん……。普通なら惜しいと思うだろ?」

「欲しかったのか? まだ冷凍保存してあるぞ?」
「いるかぁ、馬鹿者っ!」

 もう切るぞとグレッグ。精神的に壊れてしまいそうだ。こんな彼女に毎日指導していた自分を少しだけ尊敬してしまう。

「まあ待て! 最後まで話を聞くのだ! 足を切断したまでは話したな? だが、私の神経は割と繊細だったんだ。義足に上手く適合しなかった。つまるところ、再検査をして再手術という段取り。リハビリを含めると三ヶ月はかかるらしい……」

 ようやく話が見えてきた。三ヶ月という期間を隊長が留守にするのは配備される場所を考えても問題があるように思える。

「お前の要望は理解するが、バゴスさんは正規パイロットじゃないからな……」
「あんな爺さんは求めていないぞ! アレは私が入った頃から爺さんじゃないか!? 体力的に問題のあるやつは却下だ!」

 皆まで言う前に拒否されてしまった。アイリスとてセントラル基地の現状を知らぬはずはないだろう。周辺基地にパイロットを派遣していた時代とは違うのだ。

「私が隊に迎えたいのは貴方だよ、グレッグ!!」

 心の準備もないままに告げられた話はグレッグを呆然と固まらせている。
 正直にいって、その誘い文句には心が震えた。エース部隊への配備は戦闘機パイロットとしての最高栄誉に他ならない。もしも身体に問題がなければ思わず頷いていただろう。

「それは無理だアイリス……。俺にも予定がある。今は受けられない……」
「身体のことなら心配するな! 貴方が隻脚でも戦えることはよく知っている。部下にもそう伝えたところなんだ!」

 アイリスが説得を試みるもグレッグは首を横に振った。ゆっくりと大きく分かりやすく。互いの思惑に齟齬をきたさないように。

「どうしてだ? 貴方ほどのパイロットは他にいないぞ? 人類の危機に木星で燻るようなパイロットではないんだぞ!?」

「誘ってくれるのは有り難いことだ。しかし、俺にもプランがあるんでな。その代わりと言ってはなんだが、お前に俺のとっておきを貸してやろう……」

 アイリスにとって思わぬ展開となった。最初から最後までグレッグを誘おうと考えていたのに。グレッグは辞退し、彼のとっておきという何かを貸してくれるという。

「それは何なのだ……?」
 頭を働かせても分からない。とっておきが新型戦闘機であるのなら、それはイプシロン基地にも配備されているだろう。またそれが武器であっても同じことだ。

「セントラルのエース……。それも爺さんじゃない方だ……」
「いや、それならば新人だろう!? 私だって基地の現状を確認した! 新人が入っていたから、貴方を組み入れても問題ないと思ったのだ!」

 アイリスは納得しなかった。新人がエースだと言われたところで、にわかには信じられるはずもない。

「そいつはアイリスも知っているパイロットだ。名前はミハル・エアハルト。航宙機フェスティバルで、お前に会ったと話していたぞ?」

 続けられた話にアイリスの記憶が繋がっていく。その名前に加え、航宙機フェスティバルというキーワード。確か記念大会とのことで軍部から出場を強要されていた。レースは完勝し、つまらぬ大会であったと参加を後悔したはず。だが、最終的にはなぜか笑顔になって基地へと戻っていた。

「あの……娘か……!?」

 彷彿と蘇った記憶にミハルはいた。ジュリアも参加していたティーンエイジクラスのレースに。パイロットスーツを着替える更衣室での遣り取りに……。

「あの生意気なチビっ子がここまで来たのか! 最高に面白いジョークじゃないか!? 私に挑むと大口を叩いたあのパイロットが貴方の元にいるのか!?」

 アイリスは明確に覚えていた。トップパイロットとして参加した自分が一介の学生に喧嘩を売られたのだ。後にも先にも、あれ程に意外で面白い出来事はなかった。

「いっとくが冗談でも何でもねぇぞ? 前衛機としての資質は他に類を見ないものだ。戦況を正確に把握できる広い視野。得られた情報を素早くフライトに還元する判断力。高い撃墜率は生粋のシューターである証し。何より一瞬の迷いがミハルにはない。仮に戦局を左右する重要な場面であったとしても、あいつは自分の決断を信じるだろう。あいつの芯の強さは俺が最も評価するところだ。加えてミハルは技術向上に貪欲とくる。これで成長しないならば、指導者が無能としか言いようがないな。俺はミハルこそが次代を担うエースだと考えているんだ。戦局を動かす能力をミハルは秘めている……」

 褒め倒すグレッグにアイリスは眉根を寄せた。あまり記憶にないことだ。グレッグがこんなにも部下を褒めるだなんて。

「ほう、大した入れ込みようだな? では私と比べてどうなのだ?」

「遜色ない。身内びいきではなく、俺は本気だからな? 流石に現時点で勝っているとは言い難いが、アイリスが同じ年齢だった頃よりも遥かに洗練されている……」

 なぜか破顔一笑のアイリス。怪訝そうな表情は消え去り、一転して笑顔を覗かせていた。

「ふはは、面白いな! 知っていると思うがグレッグ、私は負けず嫌いなのだ。たとえ過去の自分であろうと負けたと聞くのは穏やかじゃないぞ?」

「ああ、よく知っているぞ。その点に関してもミハルはアイリスと似ているな。何しろミハルはお前に腐されたことを、まだ根に持っている。ミハルの成長を促しているのは他ならぬお前だよ、アイリス……」

 興味がないといえば嘘になる。グレッグがこれ程までに入れ込む素材。アイリスは考えを改めていた。

「本音は私に預けたいのだろう?」

 意図を察したアイリスが聞く。同じ立場となった今だから分かることもある。

「やけに鋭いじゃないか? 俺はミハルを大きく育てたいと考えている。だが、海賊が相手では、もうすることがないんだ。何でも吸収しちまうこの時期にステージを上げてみたくなった……」

 グレッグの言葉にアイリスは想像する。一年生ならば素直で一生懸命やるだろう。加えて他愛ない出来事を根に持つほど執着心がある。きっと想いに一途だ。真っ直ぐな性格であり、若くやる気もあるとくれば成長しないはずはない。

「なら壊しても文句を言うなよ? 私は徹底的にやるからな。さりとて私の指導に耐えられたのなら、この銀河で指折りのパイロットにしてやろう。無論のこと一番はこの私だがね?」

 アイリスは引き受けていた。エース格を補充するというベイルとの約束は反故にされ、まだ見ぬエース候補とやらに思いを馳せている。

「是非とも良い経験をさせてやってくれ。厳しく当たったからといって簡単に折れるやつじゃない。恐らくミハルもそれを望むだろう……」

 グレッグは了承していた。アイリスの好きにしてもらって構わないらしい。ミハルの成長を望む彼は本気だった。

「ふん、その優しさを私も欲しかったものだな!?」
「お前は図に乗るから駄目だ……」

 一応の折り合いをみた二人は脱線をして話を続けた。師弟間で交わす久しぶりの会話を楽しむかのようである。

「私ほど殊勝な弟子もいないだろう?」
「そんな教え子が欲しかったよ。お前への指導は本当に苦労したのを覚えている」

 最後に笑い合った。思い出される懐かしい日々は一人のパイロットを育て上げるのに必要な時間であり、それ無くして成し得なかったはず。苦労は全て実りへと変換されていた。

「とにかく徹底的にやって構わない。だが、必ず返せよ? 貸してやるだけだからな!」
「ああ、分かった。何周りも大きくして返却してやる……」

 溺愛にもほどがあるなとアイリス。思わず嫉妬を覚えそうになるが、笑って誤魔化す。恩返しの一環として見事に育て上げようと心に決めた。

「クェンティン大将にはお前から話をつけてくれ。あの人は苦手だ……」

「了解した。大尉が褒める人材ならばこちらから願いたいくらいだ。あのチビ助がどれほどに成長したのか楽しみに思う。手続きは色々と厄介だが任せてくれ。アイリス・マックイーンの名において承認を取ってみせる」

 頼もしい返答にグレッグは大きく頷いた。こんなにも頼りがいがあっただろうかと疑問に思うほど。姉弟子としての自覚か、或いは長くエースとして君臨する自信かもしれない。新人をエース部隊に組み込むという難題にも彼女は笑みを浮かべたままだ。

「ああ、そうだ、アイリス……」
 話がついたところで、グレッグは話題を転換する。今伝えなければならない話でもなかったが、物のついでとはこのこと。先延ばしにすればいつ話せるかも分からない。

「俺は手術を受けることにしたから……」

 別れ際にしては重大発表すぎる。意表をつかれたアイリスは呼吸すら忘れて、その意味を考えていた。どこも身体は悪くないはず。手術するとしたら一カ所しかない。それはずっとアイリスが願っていたことに違いなかった。

「それは良いことだな。手術の成功を祈っている……」

 アイリスは慎重に言葉を選んでいた。師匠がようやく未来へ踏み出そうというのに、冗談で返すなんてできない。そっと背中を押すくらいがちょうど良い塩梅である。

「俺は手術から復帰までの期間をミハルに任せようと考えているんだ。だから絶対に返せよ? 借りっぱなしは許さんからな?」

 しつこくも感じる念押しにアイリスは小さく笑った。
 しばらく待てど彼女が頷くことはなく、返事もしなかった。それどころかアイリスは突然に通信を切ってしまう。

「くそっ……あいつめ……」

 それはただの意地悪だろう。流石に看過できなかったらしい。グレッグの過度な入れ込み様にアイリスの乙女心も嫉妬を覚えたようだ。

 些か不安を覚えるグレッグだが、手術の話を伝えられたことは良かったように思う。本当の意味で過去の清算ができるような気がしていた……。
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