愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--

せせらぎバッタ

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プロローグ(2)

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「先生、お肉が食べたくなりました。手を放してください」
「そうか、では俺が食べさせてあげよう」

 伸はローストビーフをフォークに刺すと、菜穂の口元にもっていった。

「はい、あーんして」
 目の前に突き出された肉を半開きの口で受ける。

「いいね。堂々と、じっくりキミの唇を鑑賞できるね」
「先生、酔ってます?」
「いい質問だ。酔ってない!!」

 う~ん、酒癖が悪いだけか。

「続きだが、イケメンというのは個人の感想であり、かなり抽象的な形容詞である。好きになった女がみな可愛いのと同じで、好ましい異性にはイケメンという表現を使うだけだ。とはいえ、いまのところ俺様は現代の基準の黄金バランスを満たしているから、正真正銘のイケメンなのだが」

 まぶたを閉じたくなる。目をつむって愛撫だけを感じていたい。セクシーな声も聞いていたい。内容はこういうのじゃなくってぇ。

「だからこそ、そこにジレンマがある。スパダリはトロフィーワイフと同じで、異性の優越感をくすぐるのだろう。俺の本質を好きというわけではない。俺というスパダリを通して、勝手に自分の世界に浸っている。妄想の相手。言うなればおかずだよ」

 おかずねぇ。そりゃ、先生に抱かれる妄想はしたことあるけど。

「気になる異性とは肌を合わせたくなる。触れずにはいられない。しかし、これも恋が先か、性欲が先か。キミも経験があるだろう。ふとしたはずみで肩が触れ、それから気になりだしたこととか」

 偶然触れた腕に、ドキドキした記憶はある。しばらくボーっとしたことは確かにあった。

「先生、さっきから私の手をいじってますけど。それは、気になる異性だからですか?それとも性欲だけなのですか」

「性愛とはよくいったものだな。性と愛は切り離せない。驚くことに、俺はキミを抱きたくてしょうがない」

「好き、という誠意は飛ばして、いきなりヤリタイですか」

 こうやって、何人もの女生徒と関係を持ったのだろうか。選び放題だもんね。

「好きといえばヤラセテくれるのか」
「さっきからいろいろシチメンドクサイ講義をしてましたけど、目的はソレだったんですか」

 菜穂は、ぷーっと頬をふくらませる。あ、また感情が表にでちゃう。

「俺は常々思うのだが、日本の女性はなぜ、セックスに正義を持ち出すのだろう。ホントのところ好きかどうかもわからないのに、相思相愛という幻想の元にセックスしたがる。まあ、恋愛していると思い込んだ方がセックスは気持ちがいいからな」

「先生は好きと思いこんだ相手とセックスしたことありますか」
「当然あるさ。俺をいくつだと思っている」

 一瞬の間のあとに伸が答えた。その顔に翳りがよぎったのは照明のせいだろうか。

「抱きたいから抱く。そこに男女の約束事を持ち出す方が不純な気がしないか」

 これがヤリチンの常套句なのか。『花ダン』では一期一会とかいってたな。

「何が純粋で、何が不純なのかよくわからないのですが。身体だけではなく、心も受け入れてもらいたい。心身をゆだねたいんです。だから、身体だけ欲しいと言われると、女は‥‥いえ、きっと男も傷つくと思うんですよね。自分が否定されたような気になるんです。そんな人に抱かれたいとは思いません!」

「ふむ、キミは若いがなかなかいいことをいう。SMというのは、信頼関係がないとできないという。お互いの愛を確認しあう行為。でっ、結局キミは俺に抱かれたいのか、抱かれたくないのか。そこ、一番聞きたい」

 そんな上気した顔で見つめられたら、すぐにもトロケちゃう。顔だけでなく身体全体が火照ってる。これも見透かされてんだろうな。

 抱かれたいと自覚した時から、身体は欲しがっている。大学で見かけるたびに、心臓はバクバクし、身体の芯はジンジンうずいた。

「抱かれたいとは思いますよ。でも、先生が身体だけというならば、わたしはきっとコトの後に泣くと思います。悲しくて、寂しくて、どんなに快楽を貪っても傷ついて終わるなんて、私の黒歴史になっちゃう。未来のわたしが嫌がるようなこと、したくないんです」

「なぜそう思う?」

 伸は菜穂の頬にスッと手を伸ばした。ビクンと反応したかと思うと憂い顔を見せる。
 伸はそんな菜穂を抱きしめたくなる。その場限りの優しい言葉をかけるのは簡単だ。望む言葉はいくらでも頭に浮かぶ。だが、あえてそんなことは言わない。

 大事な人だから。

「取引か?セックスを通した俺との関係性をはっきりさせたいのか?セックスを正当化したいのか?俺を縛りたいのか?」
「ち、ちがう!」

 涙をひとすじ流しながら声を振り絞る。
 誰でもいい異性に求められるのは、自分が貶められていると感じるから。自己愛の尊厳を傷つけられるから。

「なるほど、身体だけを求めるのは精神的レイプというわけかな」

 先生は涙を人差し指ですくいとると、ペロッとなめた。「しょっぱいね」

 ワインを口に含み、ごくっと飲み干す。喉ぼとけの動きまで見てしまった。

 サアッと波が引くように空気が変わった。汗ばむような春の陽射しが急に陰ったような。
 ああ、呆れたんだな。気まぐれで仔猫をからかってみたが、めんどくさくなったのだろう。眼差しもゼミ室で見るような温和なものに変わってしまった。

 これはこれで物足りなく、心がぽっかり空いたような寂しさをおぼえた。
 どちらを買うか悩んだ時は、どちらを選んでも後悔する。

 友人がいった言葉が響いてくる。
 ああ、確かにそうだ。どちらを選んでも満たされないんだろう。

 差し障りのない会話でテーブルの料理をたいらげる。おもしろいな。お互い興味のない話を、無難という理由だけでえんえんと続ける。
 接待ってこんなんなのだろうか。仲のよいフリ。退屈な時間をともに過ごした戦友。言葉だけが車窓の風景のように通り過ぎていく。

「退屈か?」
「えっ」

 気づかぬうちにフォークでお皿をつついていた。小さなレタスがフォークとダンスを踊っている。
 やった後悔、やらなかった後悔。あ、今はやる後悔。やらない後悔か。ずっとそればかり考えていた。この機会を逃したら先生に抱かれることもないだろう。もう手遅れかもしれないけど。

「いえ、このレタスがつかまえられないんです」
「そういう時は、」

 先生が指でつまんで口に入れた。

「俺は、誰かのためのマナーより、生産した人の想いと作った人に敬意をこめて、美味しさを堪能したいね」

 改まった席ではやらないがね、と言い、ニコリと笑った。
 親密な空気がまたふわっと漂った。

 すごいな、笑顔ひとつで場の空気を変えるなんて。マジシャンみたいだ。
 半開きの口で菜穂はまじまじと伸を見つめる。

「先生!わたし抱かれたいです!」

 思わず口をついてでた。パッと下を向き、膝の上に置いた手を意味なくグーパーしていた。
 微熱がそう言わせたのか。メスの本能が言わせたのか。いずれにしても市販の解熱剤では下がりそうもない。

 どうなるの?先生はなんて言うの?今、どんな顔しているの?
 時間にしてわずかだが、返事が待てず顔をあげようとしたところで、フサッと頭をなでられた。菜穂をとろかすに十分な微笑みがそこにあった。

「焦らなくていいさ。俺も煽り過ぎた。悪かった」

 伸が会計をすませている間、菜穂は外に出て風にあたっていた。視界がゆらぎ、車のヘッドライトがにじんで見える。涙がとめどなくあふれていた。

「お待たせ」

 反射的に振り返ると、先生が息を呑んだのがわかった。半ば放心状態で涙をボロボロ流してしまっている。取り繕う気にもならない。

 手が伸び、目尻の涙をなぞられたかと思うと、肩を抱き寄せられた。

「泣かせるつもりはなかった。悪かった。渋谷まで歩こう。もう少しキミの余韻を感じていたい」

 なんか、言い方がずるい。抱きたいと言ったかと思うと拒否られ、次には気のあるそぶり。これって、焦らされてるの??

 人通りが減った青山通りを寄り添いながらゆっくりと歩く。

「不機嫌そうだね。ああ、可愛いなキミは、ホントに」

 立ち止まって睨むと、顔がおおいかぶさってきた。離れようとしたが、反対に強く抱きしめられた。
 唇がゆっくりと触れてきた。身体の奧から熱いものがあふれてくる。唇を吸われ、脱力したとたんに舌がぬるっと滑り込んできた。

「先生、ずるい」
「そうかな」
「抱いてくれないのに、キスするなんて」
「抱かないとは言ってないだろう」
「キスでわたしをキープしたつもり?」
「キスだって、セックスだって、誰もキープできないだろう。おかしなことを言うね」

 菜穂は口をとがらせる。「なんか、結局ずるい!」

「そんなトロンとした顔をして、ああ、やっぱり離れがたいな」

 背中に回された腕の力が弱まり、唇が離れた。

「タクシーを拾って最寄りのホテルというのも芸がないような。まあ、年上の男としてスマートだけど」
 チラリとこちらを見る。
「渋谷のラブホテル街に連れていってもいいけど、どうしようかな」

 手を力強くつかまえられ、菜穂はうつむく。セックス前提のやり取りが恥ずかしくて、顔をあげられない。

「からかいすぎたかな。ごめん、ごめん」

 伸の指が頬をなぞり、やがてそっと唇に触れてきた。唇を開かれ指が入ってくると、菜穂は思いきり吸った。

「ああ、なんてセクシーな顔なんだ。あんまり煽らないでくれよ。参ったな。キミか俺の部屋に行きたかったけど、我慢できなさそうだね。近いホテルに行こう」

 俺も我慢できなくなったしとつぶやき、唾液がからまるようなキスをしてきた。
 激しい舌の動きに菜穂の全身が小刻みに震えた。

 これからセックスするんだ!
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