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10月になると夏休み気分もすっかり抜け、キャンパスも落ち着きを取り戻していた。
菜穂のインターンも終了し、人事部の小笠原さんから10月の初めにスケジュール表がメールで送られてきた。エントリーは済んでいる。
10月に会社説明会、書類選考、筆記試験、面接が3時面接まで。インターンシップ特例で面接は一次が免除とあるが、試験がある。キリキリ胃が痛くなる日々だ。
この会社が第一希望だが、内定をもらえるとはかぎらない。現在は異業種交流には行かず、個別にOG訪問を重ね、興味を持った企業にエントリーをしている。
大学の講義が息抜きになるとは思いもよらなかった。藤枝の応用倫理学の教室に向かう。それが終わったらOG訪問なので、紺色のスーツを着ている。構内で浮いているが仕方がない。
「今日は会社訪問か」
振り返ると先生が立っていた。「はい、OG訪問ですが」
並んで歩きだす。伸は鉄錆色のパンツにタッターソールチェック柄のシャツを着て、グレーのサマーカーディガンを肩にはおっていた。
「大学の先生は服装自由でいいですよね」
「ん?これでも気をつけてるんだぞ。好きな格好でいいっていうなら、全裸だな」それだと捕まっちゃうし、と続ける。
思わず背中を叩きなるギャグだ。
「今日のお題は何だったけ」
「ネガティブ衝動における心情の吐露についてです。SNS系ですね」
ディスカッションタイムがやってきた。
「SNSは若い人のものというイメージがありますが、ヤフコメの層は40代だそうです。また誹謗中傷する人を調査したところ、50代、40代が多くかつ収入も高い。
逆に、被害を受けているのは20代、続いて10代、30代が続くようです。こうなってくると、若い人を中年が叩いている構図が浮かびあがってくるようです」
「いわゆる中年クライシス、更年期で体調は若い頃のようにうまくいかず、従来の家族モデルとしては子供の教育費、老親の介護、上がらない給料、団塊ジュニアの問題が関係しているのかな」
「いや、高収入ということは、安い給料とか、団塊ジュニアの問題は関係ないんじゃないか。誹謗中傷をしても『絶対に自分は悪くない』『何を書いたってバレない』と思い込む根拠が知りたいね」
「正義感から書き込む人も多いようで、現在自身の置かれた状況に理不尽さを感じているのでしょうか」
「ネットでの掲示板がはやり始めて25年くらい経ちますか?初期の頃は何を書いても責任が追及できなかった。その意識がまだ残っているのかも」
「悪口を言うと、一瞬スッとするそうなんです。でもまたすぐ悪口を言いたくなる。悪口スパイラルにはまって抜け出さなくなる。ムラ社会ではつきあってくれる人もいたでしょうけど、現在ははじかれていきます。その不満のはけ口がSNSになっている」
「そういう奴は更生できるんでしょうか?」
「本人に自覚がなければ無理でしょう。結局法的措置をとらなければわからないんじゃないでしょうか」
だいたい出そろったところと判断し、伸は口を開いた。
「この問題は構造上のやっかいな問題が多すぎるが、過激化するに従いアカウントの開示請求、法的措置等司法が介入しはじめたので、今後の推移を見守っていきたいと思う。
これまでにたくさんの貴重な時間、命が奪われたと思うと残念でならない。皆も被害者、加害者にならないよう、慎重に行動してもらいたい。
さてここでは、どんな人が誹謗中傷するのかすでにデータとして集まってきているので、割愛するが。
キミたちも社会にでていろいろなタイプと出会うことになる。コンプレックスはやっかいだ。よく女性の嫉妬が取りざたされるが、男性の嫉妬もタチが悪い。男性の場合、全力で人生を壊しにかかるからな。
意識レベルでコンプレックスの強い人間は、下を非難する傾向‥‥弱い物いじめや新入りいじめ等があり、無意識レベルのコンプレックスは上を非難するところがある。一見正しそうに‥‥、会社の上層部の悪口や非難だ。このタイプは勝者の余裕で見下したタイプをいじめないから人徳者かと錯覚してしまうから注意した方がいい。上に立ったと思われた時から足を引っ張ってくる。ああ、あと両方兼ね備えたツワモノがいるがな。
他に、サイコパスだが、普通に職場でもいたりする。『平気で嘘をつく』『人を操ろうとする』。対処法は、関わらないこと。それが一番ダメージが少ない。頑張れ、諸君!」
筆記テストを受け、しばらくすると面接の連絡がきた。ホッと胸をなでおろす。
「榛名、面接の連絡来た!!」
「うわ、早や。さすが外資系」
「って、榛名も外資系、狙ってるっしょ」
「わたしがエントリーしてるとこは日本が長いから、内定でるとしても来年の6月ぐらいかなぁ」
「お互い、頑張ろうね」
11月になり、菜穂は正式に内定を手にすることができた。決まったとたんにこれで良かったのかと気持ちが揺れてくる。こういうのがマリッジブルーなんだろうか。まあ、結婚できるかどうかもわからないけど。
今日は卒論についての定例報告だ。お気に入りの洋菓子店でケーキを買おうかどうか迷った。内定祝いに先生と食べたい。が、自分の個人的な喜びを押しつけるのもどうかと思うし、だいいち、金品の授受は大学の倫理規定に抵触する恐れがある。
ケーキひとつだけなんだけどね。
榛名は喜んでくれたが、他の友人にはまだ言っていない。10月の菜穂のように胃を痛めている最中に不用意なこともいえない。
案外自分の幸せって分かち合えないんだな。でも、内定の報告はした方がいいよね。お世話になっているわけだし。うん、それでいこう。
「先生、わたし、内定がでました!」
進捗状況を報告し終えたところで、平静を装おって口にだしたが、予想外にはずんでしまった。
「おお、そうか。それはおめでとう」
「あっ、それで、時期も早いし、まだ頑張ってる人もたくさんいると思うので、他言無用でお願いします。先生に言うことでもないですけど」
「ああ、わかってる。そういう配慮も大事だな。では、これは二人きりの秘密としよう」
楽しそうに笑う先生にドキッとする。言葉合ってるし、意味も合ってんだろうけど、誰にでもこんなふうに言うのかな。
「早いものだな。来年は4年生だ。就職も決まったし、これから存分に英語と卒論に注力できるな。どうだ、来年余裕があるなら、ゼミ長やるか?」
ゼミ長は投票制ではなく、先生が指名する。ゼミをまとめるのはもちろん、先生のアシスタントをやったりと、双方の齟齬を解決する役割も兼ねる。
「えっ、わたしにできるでしょうか」
「君島さんならいいゼミ長になると思うんだがな。人望もあるし他も異論はあるまい。報酬といっては何だが、学食でコーヒーぐらい奢ってやるぞ」
「えー、コーヒーだけですかぁ」
ゼミ長は気が重いが、先生といられる時間が増えると思うと嬉しい。
「ああ?コーヒー以外もご馳走してやるか。学食のスペシャルランチでどうだ。特別だぞ。生徒に賄賂とは、時代の変化を感じるよ」
伸は苦笑しながら菜穂を愛おしそうに見つめた。素がこぼれてしまったことに気づいていない。
カーテンがふわっと揺れ、菜穂は一瞬中をかいま見たような気がした。
立場も年齢も取っ払ったむきだしの素顔。一人の男が全身全霊でこちらを向いている。澄んだ瞳は真っすぐで、菜穂は駆け出したくなる。
行きたい。先生の世界へ入りたい!!そこには何があるの?ねえ、扉を開けてもいい?
あっ、わたし恋してる!憧れなんかじゃない。先生が好きなんだ。自覚したとたん、焦り始めた。笑顔がひきつる。
「マネジメントの経験になると思うし、大変だとは思うが、どうだ、やるか?」
「はい、やります!」
チョロい、我ながらチョロい。
「さて、もう時間か。ゼミ室に向かうか」
ゼミ室と研究室は建物がちがう。外にでると肌寒さを感じた。まもなく紅葉の季節だ。
「そう言えば、マシューさんが、ニューイングランドの紅葉がキレイだっていってましたね。確かに写真で見るとその美しさに感動しました。実際はどうでした?」
「ああ、日本の紅葉も見事だが、ボストンもいいぞ」
そう、ノーラと別れた日の紅葉が鮮烈に脳裏に焼きついてる。
いつか『名前をつけて保存』にしたいと思う。いつまで経ってもボストンの紅葉=ノーラでは。
そんな思いがよぎったせいか、うっかり伸は口走っていた。
「いつかキミを連れてって、見せてあげたいよ」
案の定、菜穂がクエスチョンマークを顔中に書いている。
伸はごまかしにかかる。
「来年のゼミ合宿はボストンにするか?手配から何までゼミ長の仕事になるがな」
「もう、先生。ゼミ合宿って、夏場が多くないですか。秋なんてみんな忙しいだろうし。しかも通常1泊二日。そこを海外ですと、最低1週間は欲しいところですよ。渡航費だってバカにならないし。ゼミ生20人の団体旅行って。添乗員が絶対に必要です。本気ですか?」
「ああ、わかった。わかった」菜穂の剣幕におされる。「まあ、とにかく今日のゼミで来年のゼミ長と副ゼミ長の発表を行う。だいたいの感じを先輩から引き継いでおくといい。でっ、君島さんの最初のゼミ長の仕事は12月の追い出しコンパだな」
中庭を抜けた自動販売機の前で伸が立ち止まった。
「どれがいい?」
「えっご馳走してくれるんですか」
「報酬だ!それと内定祝い」
ありがとうございます!といって、ホットレモンをお願いした。先生は無糖の缶コーヒー。
飲み切った頃、
「ところで、君島さんの友達はあれからどうしてる?」
ピンとはきたが一応聞いてみる。「友達って」
「俺が恋愛相談にのった子だよ」
「ああ、もうすっかり元気ですよ」菜穂が澄まして答える。
「そうか、なら良かった」
「先生、バカに親切ですね。会ったこともないのに、なんで気になるんですか?」
「何でだろうな。最近恋バナにご無沙汰しているからかな」
その友達は自分であって自分でない。だからよけいな一言も口をついてでる。
「紹介して欲しいですか?」
「君島さんの友達ということは、大学生?」
「はい、そうです」
「うちの大学?」
ツッコむなぁ。「そうですよ」
「じゃ、やめとく。他大学ならまだしも、同じ大学だとな」
先生はニヤニヤ笑っている。
「残念でしたね。その子に先生の話をしたら、だいぶ気に入ってたようですよ」
「ほう、そうか。君島さんがうまく言ってくれたのか。それはキミの感想でもあるのかな」
菜穂が百面相をしている。可愛くて、ついからかってしまうが、いけない、いけない。小学生じゃないんだから。
菜穂のインターンも終了し、人事部の小笠原さんから10月の初めにスケジュール表がメールで送られてきた。エントリーは済んでいる。
10月に会社説明会、書類選考、筆記試験、面接が3時面接まで。インターンシップ特例で面接は一次が免除とあるが、試験がある。キリキリ胃が痛くなる日々だ。
この会社が第一希望だが、内定をもらえるとはかぎらない。現在は異業種交流には行かず、個別にOG訪問を重ね、興味を持った企業にエントリーをしている。
大学の講義が息抜きになるとは思いもよらなかった。藤枝の応用倫理学の教室に向かう。それが終わったらOG訪問なので、紺色のスーツを着ている。構内で浮いているが仕方がない。
「今日は会社訪問か」
振り返ると先生が立っていた。「はい、OG訪問ですが」
並んで歩きだす。伸は鉄錆色のパンツにタッターソールチェック柄のシャツを着て、グレーのサマーカーディガンを肩にはおっていた。
「大学の先生は服装自由でいいですよね」
「ん?これでも気をつけてるんだぞ。好きな格好でいいっていうなら、全裸だな」それだと捕まっちゃうし、と続ける。
思わず背中を叩きなるギャグだ。
「今日のお題は何だったけ」
「ネガティブ衝動における心情の吐露についてです。SNS系ですね」
ディスカッションタイムがやってきた。
「SNSは若い人のものというイメージがありますが、ヤフコメの層は40代だそうです。また誹謗中傷する人を調査したところ、50代、40代が多くかつ収入も高い。
逆に、被害を受けているのは20代、続いて10代、30代が続くようです。こうなってくると、若い人を中年が叩いている構図が浮かびあがってくるようです」
「いわゆる中年クライシス、更年期で体調は若い頃のようにうまくいかず、従来の家族モデルとしては子供の教育費、老親の介護、上がらない給料、団塊ジュニアの問題が関係しているのかな」
「いや、高収入ということは、安い給料とか、団塊ジュニアの問題は関係ないんじゃないか。誹謗中傷をしても『絶対に自分は悪くない』『何を書いたってバレない』と思い込む根拠が知りたいね」
「正義感から書き込む人も多いようで、現在自身の置かれた状況に理不尽さを感じているのでしょうか」
「ネットでの掲示板がはやり始めて25年くらい経ちますか?初期の頃は何を書いても責任が追及できなかった。その意識がまだ残っているのかも」
「悪口を言うと、一瞬スッとするそうなんです。でもまたすぐ悪口を言いたくなる。悪口スパイラルにはまって抜け出さなくなる。ムラ社会ではつきあってくれる人もいたでしょうけど、現在ははじかれていきます。その不満のはけ口がSNSになっている」
「そういう奴は更生できるんでしょうか?」
「本人に自覚がなければ無理でしょう。結局法的措置をとらなければわからないんじゃないでしょうか」
だいたい出そろったところと判断し、伸は口を開いた。
「この問題は構造上のやっかいな問題が多すぎるが、過激化するに従いアカウントの開示請求、法的措置等司法が介入しはじめたので、今後の推移を見守っていきたいと思う。
これまでにたくさんの貴重な時間、命が奪われたと思うと残念でならない。皆も被害者、加害者にならないよう、慎重に行動してもらいたい。
さてここでは、どんな人が誹謗中傷するのかすでにデータとして集まってきているので、割愛するが。
キミたちも社会にでていろいろなタイプと出会うことになる。コンプレックスはやっかいだ。よく女性の嫉妬が取りざたされるが、男性の嫉妬もタチが悪い。男性の場合、全力で人生を壊しにかかるからな。
意識レベルでコンプレックスの強い人間は、下を非難する傾向‥‥弱い物いじめや新入りいじめ等があり、無意識レベルのコンプレックスは上を非難するところがある。一見正しそうに‥‥、会社の上層部の悪口や非難だ。このタイプは勝者の余裕で見下したタイプをいじめないから人徳者かと錯覚してしまうから注意した方がいい。上に立ったと思われた時から足を引っ張ってくる。ああ、あと両方兼ね備えたツワモノがいるがな。
他に、サイコパスだが、普通に職場でもいたりする。『平気で嘘をつく』『人を操ろうとする』。対処法は、関わらないこと。それが一番ダメージが少ない。頑張れ、諸君!」
筆記テストを受け、しばらくすると面接の連絡がきた。ホッと胸をなでおろす。
「榛名、面接の連絡来た!!」
「うわ、早や。さすが外資系」
「って、榛名も外資系、狙ってるっしょ」
「わたしがエントリーしてるとこは日本が長いから、内定でるとしても来年の6月ぐらいかなぁ」
「お互い、頑張ろうね」
11月になり、菜穂は正式に内定を手にすることができた。決まったとたんにこれで良かったのかと気持ちが揺れてくる。こういうのがマリッジブルーなんだろうか。まあ、結婚できるかどうかもわからないけど。
今日は卒論についての定例報告だ。お気に入りの洋菓子店でケーキを買おうかどうか迷った。内定祝いに先生と食べたい。が、自分の個人的な喜びを押しつけるのもどうかと思うし、だいいち、金品の授受は大学の倫理規定に抵触する恐れがある。
ケーキひとつだけなんだけどね。
榛名は喜んでくれたが、他の友人にはまだ言っていない。10月の菜穂のように胃を痛めている最中に不用意なこともいえない。
案外自分の幸せって分かち合えないんだな。でも、内定の報告はした方がいいよね。お世話になっているわけだし。うん、それでいこう。
「先生、わたし、内定がでました!」
進捗状況を報告し終えたところで、平静を装おって口にだしたが、予想外にはずんでしまった。
「おお、そうか。それはおめでとう」
「あっ、それで、時期も早いし、まだ頑張ってる人もたくさんいると思うので、他言無用でお願いします。先生に言うことでもないですけど」
「ああ、わかってる。そういう配慮も大事だな。では、これは二人きりの秘密としよう」
楽しそうに笑う先生にドキッとする。言葉合ってるし、意味も合ってんだろうけど、誰にでもこんなふうに言うのかな。
「早いものだな。来年は4年生だ。就職も決まったし、これから存分に英語と卒論に注力できるな。どうだ、来年余裕があるなら、ゼミ長やるか?」
ゼミ長は投票制ではなく、先生が指名する。ゼミをまとめるのはもちろん、先生のアシスタントをやったりと、双方の齟齬を解決する役割も兼ねる。
「えっ、わたしにできるでしょうか」
「君島さんならいいゼミ長になると思うんだがな。人望もあるし他も異論はあるまい。報酬といっては何だが、学食でコーヒーぐらい奢ってやるぞ」
「えー、コーヒーだけですかぁ」
ゼミ長は気が重いが、先生といられる時間が増えると思うと嬉しい。
「ああ?コーヒー以外もご馳走してやるか。学食のスペシャルランチでどうだ。特別だぞ。生徒に賄賂とは、時代の変化を感じるよ」
伸は苦笑しながら菜穂を愛おしそうに見つめた。素がこぼれてしまったことに気づいていない。
カーテンがふわっと揺れ、菜穂は一瞬中をかいま見たような気がした。
立場も年齢も取っ払ったむきだしの素顔。一人の男が全身全霊でこちらを向いている。澄んだ瞳は真っすぐで、菜穂は駆け出したくなる。
行きたい。先生の世界へ入りたい!!そこには何があるの?ねえ、扉を開けてもいい?
あっ、わたし恋してる!憧れなんかじゃない。先生が好きなんだ。自覚したとたん、焦り始めた。笑顔がひきつる。
「マネジメントの経験になると思うし、大変だとは思うが、どうだ、やるか?」
「はい、やります!」
チョロい、我ながらチョロい。
「さて、もう時間か。ゼミ室に向かうか」
ゼミ室と研究室は建物がちがう。外にでると肌寒さを感じた。まもなく紅葉の季節だ。
「そう言えば、マシューさんが、ニューイングランドの紅葉がキレイだっていってましたね。確かに写真で見るとその美しさに感動しました。実際はどうでした?」
「ああ、日本の紅葉も見事だが、ボストンもいいぞ」
そう、ノーラと別れた日の紅葉が鮮烈に脳裏に焼きついてる。
いつか『名前をつけて保存』にしたいと思う。いつまで経ってもボストンの紅葉=ノーラでは。
そんな思いがよぎったせいか、うっかり伸は口走っていた。
「いつかキミを連れてって、見せてあげたいよ」
案の定、菜穂がクエスチョンマークを顔中に書いている。
伸はごまかしにかかる。
「来年のゼミ合宿はボストンにするか?手配から何までゼミ長の仕事になるがな」
「もう、先生。ゼミ合宿って、夏場が多くないですか。秋なんてみんな忙しいだろうし。しかも通常1泊二日。そこを海外ですと、最低1週間は欲しいところですよ。渡航費だってバカにならないし。ゼミ生20人の団体旅行って。添乗員が絶対に必要です。本気ですか?」
「ああ、わかった。わかった」菜穂の剣幕におされる。「まあ、とにかく今日のゼミで来年のゼミ長と副ゼミ長の発表を行う。だいたいの感じを先輩から引き継いでおくといい。でっ、君島さんの最初のゼミ長の仕事は12月の追い出しコンパだな」
中庭を抜けた自動販売機の前で伸が立ち止まった。
「どれがいい?」
「えっご馳走してくれるんですか」
「報酬だ!それと内定祝い」
ありがとうございます!といって、ホットレモンをお願いした。先生は無糖の缶コーヒー。
飲み切った頃、
「ところで、君島さんの友達はあれからどうしてる?」
ピンとはきたが一応聞いてみる。「友達って」
「俺が恋愛相談にのった子だよ」
「ああ、もうすっかり元気ですよ」菜穂が澄まして答える。
「そうか、なら良かった」
「先生、バカに親切ですね。会ったこともないのに、なんで気になるんですか?」
「何でだろうな。最近恋バナにご無沙汰しているからかな」
その友達は自分であって自分でない。だからよけいな一言も口をついてでる。
「紹介して欲しいですか?」
「君島さんの友達ということは、大学生?」
「はい、そうです」
「うちの大学?」
ツッコむなぁ。「そうですよ」
「じゃ、やめとく。他大学ならまだしも、同じ大学だとな」
先生はニヤニヤ笑っている。
「残念でしたね。その子に先生の話をしたら、だいぶ気に入ってたようですよ」
「ほう、そうか。君島さんがうまく言ってくれたのか。それはキミの感想でもあるのかな」
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