死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第8話〜霧に潜む牙〜

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 霧が濃い。
 辺境の森――
 深い湿り気を帯びた空気の中で、ひとりの少女が静かに膝を折っていた。

 

 長い髪は、焚き火の残り火を思わせる温かな色合い。
 光を浴びれば桃にも近い。
 けれど暗がりでは血のようにも見える、不思議な色だった。

 

 少女のまわりには、黒い獣の群れ――狼型の魔物が、あたり一面を埋め尽くしていた。
 

 霧に潜むように伏せ、
 ただ彼女を中心に息を潜めている。

 

 その様子は、まるで彼女が彼らを従えているかのようで――

 

「前衛はここ、中距離……あの辺。
 牽制は三番と七番。……っと」

 

 少女は手帳を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 目を細めると、いくつかの獣がぴくりと反応した。

 

 この“繋がり”も、もう慣れたものだった。

 

「……“観測も兼ねて派手にやれ”ってさ。
 ほんと、壊すなって言う方が、無理あると思うんだけど」

 

 苦い息を吐いたそのとき、
 不意に背後から声が飛んできた。

 

「よぉ、フィオナ~。また一人でこそこそしてたな?
 やっぱ俺も行った方がよくね?」

 

 フィオナ――そう呼ばれた少女は、眉をひそめた。

 

 振り返らなくても分かる。

 

 派手な外套、馬鹿みたいに大きな剣、無駄に整った顔、
 空気の読めない口ぶり。

 

「クラウス。あなたが行ったら、“実験”にならないって言ってるでしょ」

 

「えー、俺だって役に立つって。
 斬らずに脅すとか、そういうのも得意……かも?」

 

「“脅して調整する”って概念が、あなたの脳には入らないでしょ?」

 

「ちぇっ。で、今回のターゲットはあれか、“器の村”ってやつ?」

 

「フェルザ村。辺境の小規模集落。
 現在、器候補が滞在中。まだ未覚醒……でも、《銀影の観測者ギンエイ》がそばにいるの」

 

「げっ、
 またパーフェクトちゃん案件かよ~……!」

 

 クラウスが顔をしかめ、声をひそめて叫んだ。
 ……言葉の意味より、まずその呼び方に苛立ちが湧いた。

 

「だからその呼び方やめなさいって言ったでしょ。
 何度も言ってるけど、正式には《銀影の観測者ギンエイ》」

 

「いやいや、だってパーフェクトちゃんで通じるし?
 漏洩ゼロ、失敗ゼロ、感情ゼロ(?)の超人スパイって意味で、
 めっちゃ合ってると思うんだけど」

 

「……あんた、前も同じこと言ってたから。
 ほんと、なんも覚えられないのね」

 

「おーこわ。でも名前が分かりづらいのが悪いと思います!」

 

 どうしてこの人が生き残れてるのか、たまに本気で分からない。

 

「今回の命令は、“あの方”から直接よ。
 《銀影の観測者ギンエイ》の思惑どおりに進めさせるな――って。

 ……つまり、彼女が“静観”を選んだから、“あえて介入”する。
 そういうことらしいの」

 

「うへぇ……逆張りにもほどがあるな。
 あの人、あの女のこと嫌いなん? なんかされたとか?」

 

「違うわよ。“別の思惑がある”と見てるのよ。

 だから、ここで刺激を与えれば――
 本心が見えるかもしれない」

 

「なるほどな~。でもさ、いくらパーフェクトちゃんでも……
 殴られたら終わりじゃね?
 あの人、“力”はないだろ?」

 

 その無神経さに少し呆れながらも、私は返す。

 

「……だからこそ、一度も“殴られない”ように立ち回ってきたのよ」

 

「へぇ、やっぱパーフェクトちゃんってすげぇな……
 俺だったら――殴られる前に殴って終わらせてるし」

 

「……あなたが今回ただの護衛ってだけで、私はだいぶ助かってるの。
 本当に“壊す”から」

 

「えー、そんな褒めなくてもいいって」

 

 と、クラウスはまったく褒められていないのに得意げに鼻を鳴らした。

 

 まったく、どこからその自信が出てくるのか。

 

「なあ、フィオナ。ほんとに大丈夫なの?
 あんな小さな村で。魔物、出しちゃってさ」

 

 その言葉に、一瞬だけ迷いがよぎった。

 

「……わからない。でも、これも“観測”の一環。
 力の使い方も、反応も――すべて“器”の資質に関わる。
 それに、《銀影の観測者ギンエイ》も、何か見せてくれるかもしれないし」

 

「ま、俺は信じてっけどな。
 お前の頭脳とセンスと、あと顔」

 

 ……じろりと睨むと、クラウスはすぐさま両手を上げてひらひらと振った。

 

「でーすよねー!」

 

 フィオナは静かにため息をついた。

 

 馬鹿は気楽でいいわね。

 

 そう思いながら、霧の奥を見やる。

 

 ――ただの“観測”で終わればいいけど。

 

 そう、胸の内でだけ。ひとつ、呟いて。




◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12:05】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。

よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・コメント」などいただけると、とても励みになります。

続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。

◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回は少し空気を変えて、敵側の視点――
“観測者”フィオナの登場回でした。

淡々と、冷静に、けれど確実に迫ってくる影。

狼の群れはただの自然の脅威ではなく、
“誰かの意図”のもと、動き出しています。

静けさの中に、奇妙な緊張が漂っていた方も多いのではないでしょうか。

◆次回:第九話~狙撃の詩、前奏~

いよいよ、その「脅威」が村に牙を剥きます。

恐怖と覚悟、そして“信じる”ことの力。

どうか、彼らの戦いを見届けてください。

それでは、次話もお楽しみに!
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