死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第2話•前編〜始まりの視界〜

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地下遺跡から戻った瞬間――
世界の色が、わずかに変わった気がした。

 

空気も、景色も、昨日と同じはずなのに。
どこか、違って見える。

 

掌には、まだ微かに熱が残っている。
あの石碑に触れたときの感触が、芯に焼き付いて離れない。

 

そして――
あの瞬間から、視界の隅に“何か”が見えるようになった。

 

文字のような、記号のような。
最初は錯覚だと思った。けれど、何度目を閉じても、それはそこにあった。

空気の向こうに、薄く焼き付いたように。

 

 

「ルノス様? ……お顔が、少し優れませんが」

 

「いや、大丈夫だ。
少し、変な夢でも見たような気分なだけだよ」

 

俺は笑ってみせた。

セリアは、納得したようなしないような表情で、
それ以上は何も言わなかった。

 

けれど、心の中では――すでに整理を始めていた。

 

あの力。あの現象。

父が何かを知っていて、この地へ俺を導いたのか。
あるいは偶然か。

 

いずれにせよ――

 

(今、俺の中には“何か”がある。それを使えば、やれることがある)

 

 

村を見渡す。
崩れた家々、荒れた畑、干上がりかけた水路。

 

昨日までなら、ただの荒れ地にしか見えなかったその景色が、
今は――違って見えていた。

 

古びた倉庫の壁材。あの木材は、まだ使える。
梁の傾きも、補強すれば持ち直せる。

 

水路の末端が、谷の傾斜に対して不自然な角度で曲がっている。
たぶん、地盤が数十年前にずれたまま、放置されていたのだ。

 

不思議だった。
目に映る情報が、次々に“意味”を持って浮かび上がってくる。

 

いや――意味ではない。

 

“役立つかどうか”が、直感でわかるのだ。

 

(この“目”があるなら──)

 

小さく息を吸い込んだ。

 

 

「セリア」

 

「はい?」

 

「村の地図はあるか?
できれば、建物の配置や状態もわかるものがいい。
あと、古い記録でも構わない。

水源、井戸、川との繋がり。
肥料や材木の在庫も」

 

セリアが、わずかに目を見開いた。

けれど、それが驚きの色だとわかるのは一瞬で――
すぐに、いつもの調子で頷き返してくる。

 

「……承知しました。屋敷に一枚、古い図があります。
物資の記録も、私がまとめておきます」

 

「助かる。じゃあ、俺は少し村の様子を見てくるよ」

 

「かしこまりました。では私は先に戻って、資料を用意しておきます」

 

そう言って、セリアは一礼し、館のほうへと向かっていった。

 

 

俺は広場から路地へ入り、村をざっと見て回った。

崩れた屋根。ひびの入った水がめ。草に埋もれた畑。

 

けれど、今ならわかる。
これは“壊れた村”ではない。

 

“立て直せる村”だ。

 

(この“目”があるなら、無駄なものなんてない)

 

 

◇ ◇ ◇

 

館に戻ると、セリアはすでに資料を広げていた。

 

「古い地図ですが、水路や井戸の位置は今も変わっていないはずです」

 

「……ありがとう」

 

机の上には地図と共に、村の現状をまとめた紙束が置かれていた。

 

・主井戸の水量不足
 → 飲料・炊事・洗濯いずれも困難
・下流からの水汲みは往復に半日。負担過多
・畑地の乾燥。農業再開は現状不可能

 

「まずは水の確保が急務です。
これでは、生活も農業も立ちゆきません」

 

セリアの声は、いつも通り冷静だった。
だがその奥には、わずかに焦りが滲んでいた。

 

 

俺は地図に視線を落とす。

村の中央――
小さく記された井戸の印に目が留まった、その瞬間。

 

視界の隅に、淡い光が走った。

 

 


《クエスト発生:命脈を喪った井戸》
【目的】村の中心に命の流れを取り戻せ


 

 

……一瞬、呼吸が止まった。

目の前に突然現れた“表示”。

それが現実なのか、幻なのか、判断がつかない。

 

けれど確かに――そこに「在る」。

 

(クエスト……?)

 

静かに動揺しつつも、無理やり思考を切り替える。

 

(……とにかく、行ってみるか)

 

 

「現地を見に行こう。……もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない」

 

「……わかりました。すぐにご案内します」

 

 

村を動かす最初の一歩が、
今まさに提示されたのだ。
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