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第2章 テラドラックの怒り
第47話 それぞれの正義
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「その顔はどこかで見た事があるぞ」
盗賊の男は、そのギョロリとした目を上に向けると、何やらブツブツと話し始めた。
「あれは何年か前だったか……ああ、思い出した。ちょうどオームの災悪が起きた頃だ」
しばらく考え、再度こちらを見つめる。
感情的でもなく無意識に向けられたその目に、リラ中尉は思わず目を逸らした。
あの日起きた出来事は自分にとって正に“最悪の日”であり、忘れ去りたい過去なのかもしれない。それほどの責任感と後悔に押し潰されそうになりながらも、彼女は未だにこの仕事を続けている。
辞められない――という表現は正しくないだろう。きっと、誠実で真面目な彼女にとって“辞めない”という選択こそが償いだと思っているのだ。
「ハハハハハハハ、やっぱりお前じゃねえか。あの時の船にいた海賊の女将、あだ名は確か『狂気の剣乙女《つるぎひめ》』だったな」
「あ、ああ。バレてしまったか」
どうやらこの男は、リラ中尉が騎士だということを分かっていないようだ。あの後、海賊は壊滅させたと彼女は言っていたが、取り逃がしていたのだろうか。それにしてもこの男が鈍感で助かった。
「よく生きていたな。そんなところにいねえで俺たちの元に来いよ。また一緒に暴れようぜ」
「だ、だが良いのか? 他の若衆《わけえしゅう》もいるんだろ」
「構いやしねえよ。ここでの事実上のトップは俺ってことになっているんだ」
「そうか……それは好都合だな」
彼女はそう言って立ち上がると、男の元へ歩み寄った。
「あの時はヤバかったな。俺も命から柄だったんだが……それより、前にも旅客船をヤッたよな。あの時の悲鳴が忘れられねえぜ」
「あ、ああそうだな」
僕は決して感情的になるまいと必死に唇を噛み締めていた。やりたくてやったことではない、仕方がない――と分かってはいる。それでも、任務だったとはいえ、奴らの悪行に加担した彼女の騎士道精神に疑問と嫌悪を感じていた。
「あ? なんだ小僧。何を睨みつけている?」
「なにも……」
こちらに気づいた男がゆっくりと近づく。
僕のこの感情は騎士として、任務に入った騎士団の1人として間違っているのだろうか。団長は何故、慣れない僕と部隊を外れたリラ中尉を一緒にこの事案に就かせたのか。
これも成長するための試練だとでも言うつもりか。
分からない、分からない。
「テメエ、ムカつくな」
決めた。
任務がどうこうとか、騎士としてどうこうとか考えるのは止めだ。僕は僕の正義を信じる。
これが最良の判断ではなかったとしても、この人生において後悔だけはしたくない。
「なんだ坊ちゃん、怖くて何もできねえか? ハハハハハハッ!」
「……めろ」
男の笑い声が大きくこだまする中で、リラ中尉が細く呟いた。
「あ? どうした剣乙女」
「やめろと言ったんだよ!」
少しでも期待したのがバカだった。
どうやら、僕とリラ中尉の描く正義は根本から大きく食い違っていたようだ。
彼女は男の剣を奪い取ると一直線に斬りかかってきた。そう、海賊の男ではなく僕の首を狙って。隠し持った短剣で何とか受け止めるが、座ったままの体勢ではこれ以上の応戦はできない。それでも本気で斬りかかってくる“狂気の剣乙女”は、もはやフリなどではなかった。
そうだ、今の彼女はリラ中尉ではなく、狂気の剣乙女。
前世でも聞いた事がある。
警察やその他の公機関が反社会組織に潜入、内偵を行う時に、その期間が長ければ長いほど自分が本当はどちら側であるのかを見失ってしまう事があると。
きっと今の彼女も似たようなものだろう。
不利な体勢から応戦するが、他の乗客を気にするので精一杯。この状況ではいくらスキルがあっても、相当な実力差があると無傷で生き残るのは無理なようだった。
「あ、あああああ!」
彼女が正気を取り戻した時には、既に僕の片腕は肉片となって斬り落とされていた。
盗賊の男は、そのギョロリとした目を上に向けると、何やらブツブツと話し始めた。
「あれは何年か前だったか……ああ、思い出した。ちょうどオームの災悪が起きた頃だ」
しばらく考え、再度こちらを見つめる。
感情的でもなく無意識に向けられたその目に、リラ中尉は思わず目を逸らした。
あの日起きた出来事は自分にとって正に“最悪の日”であり、忘れ去りたい過去なのかもしれない。それほどの責任感と後悔に押し潰されそうになりながらも、彼女は未だにこの仕事を続けている。
辞められない――という表現は正しくないだろう。きっと、誠実で真面目な彼女にとって“辞めない”という選択こそが償いだと思っているのだ。
「ハハハハハハハ、やっぱりお前じゃねえか。あの時の船にいた海賊の女将、あだ名は確か『狂気の剣乙女《つるぎひめ》』だったな」
「あ、ああ。バレてしまったか」
どうやらこの男は、リラ中尉が騎士だということを分かっていないようだ。あの後、海賊は壊滅させたと彼女は言っていたが、取り逃がしていたのだろうか。それにしてもこの男が鈍感で助かった。
「よく生きていたな。そんなところにいねえで俺たちの元に来いよ。また一緒に暴れようぜ」
「だ、だが良いのか? 他の若衆《わけえしゅう》もいるんだろ」
「構いやしねえよ。ここでの事実上のトップは俺ってことになっているんだ」
「そうか……それは好都合だな」
彼女はそう言って立ち上がると、男の元へ歩み寄った。
「あの時はヤバかったな。俺も命から柄だったんだが……それより、前にも旅客船をヤッたよな。あの時の悲鳴が忘れられねえぜ」
「あ、ああそうだな」
僕は決して感情的になるまいと必死に唇を噛み締めていた。やりたくてやったことではない、仕方がない――と分かってはいる。それでも、任務だったとはいえ、奴らの悪行に加担した彼女の騎士道精神に疑問と嫌悪を感じていた。
「あ? なんだ小僧。何を睨みつけている?」
「なにも……」
こちらに気づいた男がゆっくりと近づく。
僕のこの感情は騎士として、任務に入った騎士団の1人として間違っているのだろうか。団長は何故、慣れない僕と部隊を外れたリラ中尉を一緒にこの事案に就かせたのか。
これも成長するための試練だとでも言うつもりか。
分からない、分からない。
「テメエ、ムカつくな」
決めた。
任務がどうこうとか、騎士としてどうこうとか考えるのは止めだ。僕は僕の正義を信じる。
これが最良の判断ではなかったとしても、この人生において後悔だけはしたくない。
「なんだ坊ちゃん、怖くて何もできねえか? ハハハハハハッ!」
「……めろ」
男の笑い声が大きくこだまする中で、リラ中尉が細く呟いた。
「あ? どうした剣乙女」
「やめろと言ったんだよ!」
少しでも期待したのがバカだった。
どうやら、僕とリラ中尉の描く正義は根本から大きく食い違っていたようだ。
彼女は男の剣を奪い取ると一直線に斬りかかってきた。そう、海賊の男ではなく僕の首を狙って。隠し持った短剣で何とか受け止めるが、座ったままの体勢ではこれ以上の応戦はできない。それでも本気で斬りかかってくる“狂気の剣乙女”は、もはやフリなどではなかった。
そうだ、今の彼女はリラ中尉ではなく、狂気の剣乙女。
前世でも聞いた事がある。
警察やその他の公機関が反社会組織に潜入、内偵を行う時に、その期間が長ければ長いほど自分が本当はどちら側であるのかを見失ってしまう事があると。
きっと今の彼女も似たようなものだろう。
不利な体勢から応戦するが、他の乗客を気にするので精一杯。この状況ではいくらスキルがあっても、相当な実力差があると無傷で生き残るのは無理なようだった。
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彼女が正気を取り戻した時には、既に僕の片腕は肉片となって斬り落とされていた。
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