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「それで、王妃様は村に通うことに?」
リーネアが城の厨房端の机に座り、お茶を口にしながら聞いた。窓の外に晴れ渡った青い空が見える。朝方の仕事が一通り終わった後のひとときだった。
「そう、ヒルダさんと私で決めたわ。伝統的な刺繍を教えてもらうということで」
向かい合って座るルミもまた、お茶を口にしつつ答える。
「王妃様がそんなことに興味もってらしゃるって、知らなかったな」
「まあ、お暇ができたからでしょうね。あまりやったことはないとは言ってらしたし」
リーネアは机の上の木の皿に盛ってあるクッキーに手を伸ばした。
「それにしても、王妃様の婚礼衣装の刺繍をこの村が手がけたって知らなかった。知ってた?」
「このあたりの村とは聞いていたけど、詳しくは知らなかったわ。村長夫人が中心となってやってるらしいわね」
「でも今回の話をまとめたのは、あのヒルダってお姉さんの方だったんでしょ?」
リーネアが再びお菓子をとりながら聞く。
「そう。村長は大乗り気で、王妃様にいつでもいいし何なら妻のトーネを城に通わせると言いだしてね。それを聞いてトーネさんが青くなっちゃって。仕事を采配してくれている姉にも確認したいからってむりやり飛び出したと思ったら、ヒルダさんが来たと言うわけ」
「ふーん、なるほどねえ……。王妃様が楽しくお過ごしになられるならなんでもいいけど。大丈夫かな」
「ヒルダさんは気が回る方だと感じたわ。まあ、高貴な方の気まぐれだと思われてはいるだろうけど」
「気まぐれでも何でも、ここに毎日ずっといるよりましよ」
「リーネア、あなたの事では……」
そうルミが言いかけたときに横からナノセが口を挟んだ。
「あの、あの。お話中ごめんなさい。あの、用意ができたので……」
ナノセは小さなかごを大事そうに抱えていた。中にはリネンの包みがあり、結び目に小さな紫の花のついたローズマリーの枝がさしてある。ほかにころんとした形の蓋付きの小さな陶器が入っている。
「この中は、お茶です。お菓子に合うかと思って……」
「わ、かわいい。いいんじゃない?」
リーネアが覗き込んで言った。
「あ、あの、食べていただいたクッキーどうでしたか?」
ナノセが視線を下にしたまま聞く。
「あ、美味しかった! ローズマリーがよかったな」
「美味しかったわよ。これなら出しても問題ないと思うわ」
二人が言うと、ナノセは目を合わせないまま、よかった、呟いた。
そんなナノセからかごを受け取って、リーネアが言った。
「じゃあ、行ってくるね」
「本当に大丈夫? やはり私が行こうか?」
「大丈夫、大丈夫。ルミもたまにはゆっくりしなよ」
「……王妃様はお庭でお待ちだから」
はーい! と明るい声でリーネアは返事をすると、かごを下げて厨房を出て行った。
「城にいたって、やる事はたくさんあるのだけどね……」
後ろ姿を見送り、ルミは一人呟くと、机の上のカップを片付け出す。
「あ、あの、わたしがやりますので、あの」
「いいの? ありがとう」
「大丈夫です」
ナノセが片付けるためにカップを重ねる。そんな彼女を見ながらルミは言った。
「さっきのクッキー……」
「は、はいっ」
ナノセの手がびくっと止まる。
「本当に美味しかったわ。しばらく続くかもしれないからよろしくね」
はい、と直立になってナノセは小さく頷く。
「王妃様にこの前お出しした、すみれの砂糖菓子も美味しいって大変喜ばれて、大事に召し上がってみえたわよ」
ルミの言葉を聞いて、ナノセは胸の前で両手を祈るように組んだ。
「よかった……」
「……嬉しいわよね。よかったわね」
ルミが穏やかな声で言葉をかけると、ナノセは一瞬だが顔をあげて、はい、と小さく言った。
「それで、王妃様は村に行ってらっしゃると?」
白金色の髪を持ち青いマントを身につけた男は、驚きの声の奥に楽しげな笑いを滲ませた声で問う。
「はい。お茶の頃までにはお戻りかと思うのですが」
ルミは落ち着いた態度で答えた。この城の客間に最初に迎えたのは、王都から来たエイスだった。
「そうですか。では、お戻りになるまでお待ちします。こちらも急に来てしまいましたから、気にしないように」
ルミは畏まりました、と言って頭を下げた。
「では、よろしければお食事の用意をさせていただきますので……」
ルミの言葉を遮るようにエイスが言う。
「食事はいいです」
「ではお茶でも」
「いや、それより城中を見て回りたいのですが」
ルミは躊躇した。主人不在の時にそんな事を許可してよいのだろうか。だが、エイスを相手に自分のような立場の者が断るのは難しい。それでなくても王妃様自身が半分追放の身なのだから。
「畏まりました。ご案内させていただきます」
ルミは迷いを顔に出さないまま、頭を下げた。
ルミが驚いた事に、エイスは城の構造を熟知しているのか、案内するまでもないほど迷うことなく手際よく見て回る。歩きながらエイスが聞く。
「何か困っている事はありますか?」
「いえ、特別にはございません。ただ、お仕えする側が未熟ゆえ、王妃様にはお気を遣っていただき、大変申し訳なく思っております」
エイスは小さく頷く。
「物資などは足りてますか?」
「はい。食物や日常に使う物は近くの村や町から定期的に届くようになっておりますし、他にも女官長が王都から手配して届けて下さったりと助けて頂いております。元から城を管理していた方たちも、王妃様にご不便が無いよう引き続き仕事をして下さっています」
「この城は王家にとって特別でしたからね。働いていた者たちも、それなりに思い入れを持っているでしょう」
「特別でした」、という過去形に内心ルミは引っかかった。
そうこうするうちに二人は厨房の前に来た。ルミはナノセを思い浮かべ扉を開けるのを迷ったが、開けないわけにはいかない。
厨房ではナノセが夕食の支度を始めていたが、二人に気づくと手を止める。そしてエイスを一瞬まじまじと見つめると、床に着くかとばかりにこうべを垂れた。
「そうか、一人でしたね……」
エイスが厨房をぐるっと見回して呟く。
その時衛兵が入ってきて、王妃が帰ってきたと告げた。
リーネアが城の厨房端の机に座り、お茶を口にしながら聞いた。窓の外に晴れ渡った青い空が見える。朝方の仕事が一通り終わった後のひとときだった。
「そう、ヒルダさんと私で決めたわ。伝統的な刺繍を教えてもらうということで」
向かい合って座るルミもまた、お茶を口にしつつ答える。
「王妃様がそんなことに興味もってらしゃるって、知らなかったな」
「まあ、お暇ができたからでしょうね。あまりやったことはないとは言ってらしたし」
リーネアは机の上の木の皿に盛ってあるクッキーに手を伸ばした。
「それにしても、王妃様の婚礼衣装の刺繍をこの村が手がけたって知らなかった。知ってた?」
「このあたりの村とは聞いていたけど、詳しくは知らなかったわ。村長夫人が中心となってやってるらしいわね」
「でも今回の話をまとめたのは、あのヒルダってお姉さんの方だったんでしょ?」
リーネアが再びお菓子をとりながら聞く。
「そう。村長は大乗り気で、王妃様にいつでもいいし何なら妻のトーネを城に通わせると言いだしてね。それを聞いてトーネさんが青くなっちゃって。仕事を采配してくれている姉にも確認したいからってむりやり飛び出したと思ったら、ヒルダさんが来たと言うわけ」
「ふーん、なるほどねえ……。王妃様が楽しくお過ごしになられるならなんでもいいけど。大丈夫かな」
「ヒルダさんは気が回る方だと感じたわ。まあ、高貴な方の気まぐれだと思われてはいるだろうけど」
「気まぐれでも何でも、ここに毎日ずっといるよりましよ」
「リーネア、あなたの事では……」
そうルミが言いかけたときに横からナノセが口を挟んだ。
「あの、あの。お話中ごめんなさい。あの、用意ができたので……」
ナノセは小さなかごを大事そうに抱えていた。中にはリネンの包みがあり、結び目に小さな紫の花のついたローズマリーの枝がさしてある。ほかにころんとした形の蓋付きの小さな陶器が入っている。
「この中は、お茶です。お菓子に合うかと思って……」
「わ、かわいい。いいんじゃない?」
リーネアが覗き込んで言った。
「あ、あの、食べていただいたクッキーどうでしたか?」
ナノセが視線を下にしたまま聞く。
「あ、美味しかった! ローズマリーがよかったな」
「美味しかったわよ。これなら出しても問題ないと思うわ」
二人が言うと、ナノセは目を合わせないまま、よかった、呟いた。
そんなナノセからかごを受け取って、リーネアが言った。
「じゃあ、行ってくるね」
「本当に大丈夫? やはり私が行こうか?」
「大丈夫、大丈夫。ルミもたまにはゆっくりしなよ」
「……王妃様はお庭でお待ちだから」
はーい! と明るい声でリーネアは返事をすると、かごを下げて厨房を出て行った。
「城にいたって、やる事はたくさんあるのだけどね……」
後ろ姿を見送り、ルミは一人呟くと、机の上のカップを片付け出す。
「あ、あの、わたしがやりますので、あの」
「いいの? ありがとう」
「大丈夫です」
ナノセが片付けるためにカップを重ねる。そんな彼女を見ながらルミは言った。
「さっきのクッキー……」
「は、はいっ」
ナノセの手がびくっと止まる。
「本当に美味しかったわ。しばらく続くかもしれないからよろしくね」
はい、と直立になってナノセは小さく頷く。
「王妃様にこの前お出しした、すみれの砂糖菓子も美味しいって大変喜ばれて、大事に召し上がってみえたわよ」
ルミの言葉を聞いて、ナノセは胸の前で両手を祈るように組んだ。
「よかった……」
「……嬉しいわよね。よかったわね」
ルミが穏やかな声で言葉をかけると、ナノセは一瞬だが顔をあげて、はい、と小さく言った。
「それで、王妃様は村に行ってらっしゃると?」
白金色の髪を持ち青いマントを身につけた男は、驚きの声の奥に楽しげな笑いを滲ませた声で問う。
「はい。お茶の頃までにはお戻りかと思うのですが」
ルミは落ち着いた態度で答えた。この城の客間に最初に迎えたのは、王都から来たエイスだった。
「そうですか。では、お戻りになるまでお待ちします。こちらも急に来てしまいましたから、気にしないように」
ルミは畏まりました、と言って頭を下げた。
「では、よろしければお食事の用意をさせていただきますので……」
ルミの言葉を遮るようにエイスが言う。
「食事はいいです」
「ではお茶でも」
「いや、それより城中を見て回りたいのですが」
ルミは躊躇した。主人不在の時にそんな事を許可してよいのだろうか。だが、エイスを相手に自分のような立場の者が断るのは難しい。それでなくても王妃様自身が半分追放の身なのだから。
「畏まりました。ご案内させていただきます」
ルミは迷いを顔に出さないまま、頭を下げた。
ルミが驚いた事に、エイスは城の構造を熟知しているのか、案内するまでもないほど迷うことなく手際よく見て回る。歩きながらエイスが聞く。
「何か困っている事はありますか?」
「いえ、特別にはございません。ただ、お仕えする側が未熟ゆえ、王妃様にはお気を遣っていただき、大変申し訳なく思っております」
エイスは小さく頷く。
「物資などは足りてますか?」
「はい。食物や日常に使う物は近くの村や町から定期的に届くようになっておりますし、他にも女官長が王都から手配して届けて下さったりと助けて頂いております。元から城を管理していた方たちも、王妃様にご不便が無いよう引き続き仕事をして下さっています」
「この城は王家にとって特別でしたからね。働いていた者たちも、それなりに思い入れを持っているでしょう」
「特別でした」、という過去形に内心ルミは引っかかった。
そうこうするうちに二人は厨房の前に来た。ルミはナノセを思い浮かべ扉を開けるのを迷ったが、開けないわけにはいかない。
厨房ではナノセが夕食の支度を始めていたが、二人に気づくと手を止める。そしてエイスを一瞬まじまじと見つめると、床に着くかとばかりにこうべを垂れた。
「そうか、一人でしたね……」
エイスが厨房をぐるっと見回して呟く。
その時衛兵が入ってきて、王妃が帰ってきたと告げた。
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