16 / 62
16話 男爵令嬢の誤算②
しおりを挟むマリアン王女が味方になってくれるなら、こんなに心強いことはない。
「そう、よかった。実は私陰ながら貴女を応援していたのよ。もしうまくいったら悪いようにしないから、その時は私に任せてもらえる?」
「は、はい! ああ、ずっとライオネル様をお慕いし続けてきてよかったです! こんな風に報われるなんて思ってもみませんでした!」
急に開けた未来に心が躍る。
ずっと無理だとあきらめていた恋が叶うかもしれない。
「それでは、まずはこの魔法誓約書にサインしてもらえる? 特別な魔道具を貸してあげるから、他言無用にしたいのよ」
「はい、承知しました!」
わたしは誰かに話すつもりもなかったから、喜んで魔法がかかった誓約書にサインした。そしてマリアン王女から受け取った魔道具は、憎い相手を呪う魔道具だった。
「いい? 思いっきり憎い相手を思い浮かべて魔力を流すのよ。そうしたらこの古代の魔道具が貴女の望みを叶えてくれるわ」
「それでは、思い浮かべる相手は、ハーミリアですね!」
マリアン様は優雅な微笑みを浮かべたままだ。間違いない、この魔道具でハーミリアに呪いをかけて、婚約者の座から引きずり落とせばいいのだ。そうすれば、その後はわたしがライオネル様の婚約者になれるようマリアン様が整えてくれるのだ。
「今日はタイミングが悪いから、明日の朝にしてほしいの」
「はい、承知しました!」
「そうね、明日の朝に生徒会室の鍵を開けておくから、そこで試すといいわ」
「はい、任せてください! 必ず成功させてみせます!」
マリアン王女は生徒会の副会長でもあるから、その方が都合がいいのかもしれない。家で試して家族に見つかっても、話すことができないから面倒なことになる。
翌朝、わたしはマリアン王女に言われた通り、かなり早く登校して生徒会室にこっそりと忍び込んだ。
マリアン王女から渡された魔道具は手鏡の形をしている。見た目は黄金で装飾されて、赤い宝石が淵にはめ込まれていた。持ち手の部分は黒い布で巻かれている。
わたしは朝日が差し込む生徒会室で椅子に座り、ゆっくりと魔道具に魔力を流した。
想像以上に魔力を吸われていく、でもこれでライオネル様がわたしのものになるならどうってことない。
わたしは憎むべき相手であるハーミリアを頭に思い浮かべた。
あの女がいなければ、わたしがライオネル様の婚約者になれるのよ!
あの女なんていなくなればいい! ハーミリア・マルグレンなど、この世から消えてしまえ——
ありったけの憎しみを込めて魔力を流し切った。
「……あれ? ちゃんとできたのかしら?」
不安に思ってもう一度魔力を流し込んだその時だ、息もできないほどの強烈な痛みに襲われた。
「——っ!!」
椅子に座っていられなくて、大きな音を立てて転げ落ちる。でも早朝の生徒会室の近くには誰もいなくて、わたしの惨状に誰も気がついてくれない。
痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃっ!!
どうして!? これは、もしかして失敗したの!?
激痛は容赦なくわたしの精神を削り取っていく。なんとか床を這って扉に手をかけた時だ。
ガチャリと扉が開かれた。そこに立っていたのは、マリアン王女の取り巻きである、ローザ様とテオフィル様だ。
「……やはり魔道具を使ってしまったのね」
「学院の保健室じゃ手に負えないだろう。街の治療院に伝手があるから、手配してくる」
「ええ、お願い。治療費はこちらで持つわ」
テオフィル様は駆け足であっという間に姿を消した。ローザ様は、膝をついてわたしの様子を見ている。
「あw瀬drftgyふ……!」
「ああ、顔が腫れてとんでもないことになっているから、無理に話さない方がいいわ。今治療院に連れていくから待っていて」
ええ!? か、顔が腫れているってなによ!?
なんでこんなに痛いの!? 今どうなっているのよ!?
「亜w瀬drftgyふじこっ! あwせdrf……っ!!」
「ほら、無理してはダメよ」
あまりの痛さと腫れ上がった顔のせいで、言葉にならない。
痛みで涙を垂れ流し、動くこともできずにその場でうずくまっていた。
やがて担架を持ってきたテオフィル様と手伝いの男子生徒に運ばれて、治療院に向かうが運ばれる際の振動で激痛が走る。目の前で花火が散るような痛みに、声にならない声を上げる。
「おい、大丈夫か?」
「クァwせdrftgyふいじこ!!」
「え? なんだって?」
「あqwせdrftgyふじこ!!!!」
ふと見れば、あの憎い女がわたしを嘲笑うように見下ろしていた。
あの女のせいで、わたしはこんな目にあったのだ。憎しみを込めて睨んでも、眉ひとつ動かさない女に、さらに苛立つも痛みで思考がまとまらない。
やがて興味を無くしたように視線を逸らすあの女に、なんとしても仕返ししてやると心に誓ったのだった。
23
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。
第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。
王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。
毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは…
どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる