夫のつとめ

藤谷 郁

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理想の夫

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 春になると思い出す。
 それは、小学校の卒業文集に綴った、『私の未来』というテーマの作文。

 ――私は父の会社の後継ぎなので、将来は社長になります。

 文集はどこかに失くしてしまったが、希美のぞみはちゃんと憶えている。そして、今でもその決意が変わっていないことに、自分で感心するのだ。

 ――30歳になったら結婚します。夫になるのは年下で、地味な男のひと。顔は普通で、勉強もスポーツも、そこそこできればじゅうぶんです。

 そう。イケメンじゃなくても、エリートでなくても全然構わない。ていうか、むしろそんな派手な要素は邪魔なだけ。平凡がよろしい。

 ――夫には奥さんをやってもらいます(新しいマンションで私のお世話をする)

 なんというクリアなビジョン。新しいマンションというのは新居のことだろう。括弧内で念を押すところに強い意思が表れていた。
 しかし、奥さんをやってもらうという発想が同級生……特に男子には理解しがたいようだった。ドン引きされて、陰口も叩かれた。
 だが、そんなもの気にするような女では、経営者としての未来を生き抜くことはできないだろう。

「それが、夫のつとめなのです」

 希美は桜並木を見上げると、結びの一文を呟く。本社ビルの前まで続く淡いピンクのトンネルは、今まさに満開である。

「営業部のミーティングは8時20分に始まる。その前に、さくっとプロポーズしちゃいましょう」

 29歳の春、決意を実現させる時がきた。
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