夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
2 / 179
影の薄い男

1

しおりを挟む
 株式会社ノルテフーズ。
 東京都C区に本社ビルを構える食品会社である。創業者は先々代の社長・北城きたしろ利男ルとしお。婿養子に入った氷の販売店を、戦後から高度経済成長期にかけ冷蔵事業の会社へと発展させた。
 インスタント食品および冷凍食品の製造・販売が主な事業であり、日本のみならず海外にも販路を広げている。

 現社長は希美の父、北城利希としき。先代社長が早くに病没したため40代という若さで就任した。今年で17年目となる。自社製品の開発よりも企業買収などによる事業拡大に熱心で、社長のわりにアイテムに詳しくない。
 希美は呆れるが、そのおかげで会社全体としてはまずまず儲かっているし、業績を上げているので、役員会でも特に突っ込まれていないようだ。

「それに、娘のお前が詳しいから、みんな大目に見てくれる。助かってるよ、次期社長サン」

 社長室のパソコンでスケジュールをチェックしていた希美は、モニターを前に苦笑する。

(まったく、娘に頼ってどうすんの)

 入社してから5年間、開発部に所属し、製品開発に関わってきた。というより、子どもの頃から自社製品を食べまくって育った彼女は、もともと詳しいのだ。

 希美が特に好きなのは冷凍ラーメンである。彼女が小学生の頃、世界の味と銘打って売り出された、タイ風ラーメンという商品があった。
 酸っぱいような、甘いような、辛いような、不思議な味わい。
 いまだに、あのスープが忘れられない。ああいった、いながらにして世界の味を楽しめる……という製品を開発するのが希美の目標だった。

 しかし、入社6年目で秘書課に異動となる。もちろん、経営者としての勉強を兼ねる社長秘書を命じられた。
 不満はないけれど、物足りないというのが本音だ。
 パソコンの電源を切ると窓の外に目をやり、最上階からの景色を見下ろす。ピンクの並木を上から見れば、ふわふわの桜でんぶのようだ。

(あー、もうお腹が空いてきた。お昼は太巻き寿司にしようかしら)

 よだれが垂れそうになり、社長へと目を移す。そんなことより、言うべきことを早く言わなければ、ミーティングが始まってしまう。

「ところで、社長……いいえ、お父様。私、結婚相手を決めました」
「……は?」

 社長は経済紙に目を通していたが、希美の顔を見返し、ぽかんとする。普段、社内では決して『お父様』と呼ばない娘である。
 いや、それよりも――

「な、なんだいきなり。結婚相手だと?」
「お父様、一人娘の私は会社を継ぐかわりに、結婚相手は自由に選んでいい。子供の頃、そう約束してくださったわね」
「うっ、それは……」
「そろそろ三十路だもの、家庭を持って落ち着きたいわ」

 革張りの椅子に深く腰かけたまま、社長は固まっている。だしぬけに持ち出された話に対応しきれず、動けないのだ。
 希美のペースになりそうだが、そこは海千山千の社長である。ネクタイを緩めると、新聞を丁寧に折りたたんで余裕を見せる。還暦も近いといえどまだ50代、子供の言いなりにはならないだろう。

「まあ、それはそうだな。お前もいつまでも独り身ではなんだし、ええと……どんな男だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...