夫のつとめ

藤谷 郁

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奮い立つ女

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 週末――

 希美は約束の20分前にホテルに到着し、チェックインを済ませた。
 ロビーを見回したが、南村はまだ来ていない。

「すべて予定どおり、準備も完璧。ふふ……楽しみだわ」

 一人ほくそ笑むと、入口がよく見える椅子を選び、ゆったりと腰かけた。

 先月オープンしたばかりのホテルは、パーティーの招待客、旅行者、デートと思しきカップルなど、様々な人で賑わっている。磨き抜かれた床には、ロビーを彩る豪華な花や煌びやかな装飾が映り込み、ラグジュアリーな雰囲気だ。

 それほど高級なホテルではないが、こういった場所に不慣れであろう南村には、居心地の悪い空間かもしれない。

(まあ、場数を踏めば慣れるでしょう。まずは第一歩ね)

 地味で目立たぬ年下男、南村壮二。希美は今夜、彼を必ず落とすと決めている。

 この私のプロポーズを断るなんて許せない――

 負けん気を刺激されたが、すんなりいかないことが楽しくもあった。父親が評したとおり気骨があるのか、それとも単にヘタレなのか、本体を探るのも面白い。

 希美はこの一週間、自分でも意外なほどわくわくしていた。


(あと5分。そろそろかな)

 待ち合わせ時間が迫っても余裕なのは、すっぽかされる可能性はゼロだと確信しているから。
 強引にデートの約束を取り付けた後、南村とは一度社内で会っている。個人的な連絡先を聞き出すために捕まえたのだが、希美と目が合うと恥ずかしそうに俯き、耳まで真っ赤に染めていた。
 彼が男として、希美に興味を持っているのは間違いない。

 ふと、はす向かいに座る男が、吸い込まれるようにこちらを注目しているのに気付く。その隣には恋人らしき女性がいて、希美を睨んでいる。

(やれやれ……)

 希美はただでさえ目立つ女で、しかも今夜は気合を入れて着飾っている。
 なので、男の視線を集めてしまうのは仕方がないが、女の嫉妬までついてくるのは鬱陶しい。こんなことは今日に限ったことではないが、せっかくの楽しい気分が削がれてしまう。

(睨む相手が間違ってる。私だったら、恋人の前でよそ見する男なんて、その場でぶん殴ってるわ)

 男はスタイリッシュなイケメンで、典型的なエリートタイプ。女は若くて可愛いけれど、どこか狡猾さを感じさせる組み合わせ。彼女にしてみれば、激しい争奪戦の末手に入れた恋人なのだろう。
 嫉妬を露わにして嫌われたくないから、こちらを睨むのだ。

「あら、いいタイミング」

 希美は椅子を立つと、さっさと歩いてカップルの干渉を断ち切り、エントランスへと向かった。
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