夫のつとめ

藤谷 郁

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やさしくして…

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 いよいよ、この男のハダカを拝める。
 希美はごくりと喉を鳴らした。

 武子の言ったとおり、着痩せするタイプなのか、それとも実際に痩せているのか。いや、学生時代は肉体労働に明け暮れていたと壮二は話した。多少なりとも逞しいはず。
 ボディソープの香りに混じるのは、久しぶりに嗅ぐ男の匂いだ。肉食女子の本能が刺激され、期待は高まっていく。

 しかし、壮二は帯にかけた指を離した。
 真剣な顔つきはそのままだが、脱げと言った希美の命令に背いている。

「どうしたの?」

 覚悟を決めたと思ったのに、ここへきてなにを躊躇うのか。責める口調で希美は訊いた。

「すみません、僕……」
「は?」

 ぼそぼそと口の中で喋っているので、よく聞こえない。希美は壮二の胸もとに一歩踏み込むと、耳を傾けた。

「なんですって? もっと大きな声で言って」
「は、はい」

 彼は近付いた女の顔から、いたたまれないように視線を逸らす。そして、もう一度答え直した。

「その、僕は今夜が初めてなので……」
「うん」
「やっぱり恥ずかしいので、布団に入ってからじゃいけませんか?」
「……」

(この場では裸になりたくない……ってこと?)

 希美は頭を抱えた。
 まるで、初めて男とセックスする若い娘である。大の男が、ハダカを恥ずかしがるとはどういうことだ。公衆の面前で脱げと命じたわけじゃない。
 それに、ベッドではなく布団と言うところが、いかにもモテない地味男である。

(あーもう。これはガチだわ)

 本当に、女と寝たことがないのだ。それなのに、ハイスペックな美女といきなりホテルで初体験。しかも、いきなり脱げと言われて腰が引けたのかもしれない。

「でもあなた、さっきはずいぶんリラックスしてたじゃない」

 シャワーを浴びながらポートビューを楽しむように、バスローブだって気軽に脱いでしまえばいい。日頃の鈍さをここで発揮しないでどうする。

「いや、それとこれとは別と言いますか……すみません」

 出鼻を挫かれ、希美は舌打ちしたい気持ちになる。
 しかし、壮二の真剣な顔を見ていると、命令を押し通すことはできなかった。彼はこちらを焦らしたり、からかっているわけではない。いたって真面目なのだから。

(仕方ない。こうなったら、なりきるしかないわね)

 壮二は今、初めて男に抱かれる処女と同じだ。そして希美は、処女を抱く男である。武子のアドバイスどおり男女逆転し、夫の立場になりきってしまうことだ。


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