夫のつとめ

藤谷 郁

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嘘から出たまこと

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「そう、南村さんが結婚を承諾してくださったの」

 母はホッと息をつくと、凛とした表情になり、椅子の上で姿勢を正した。

「では、南村壮二という人物について、もう少し知る必要があります。人間関係や経歴など、ある程度は調べさせてもらうわよ。いくらあなたの自由に相手を選ぶといっても、後から問題が出ると困りますからね」
「はい、よろしくお願いします」

 希美にとってはどうでもいいことだが、社長夫人としては気になるのだろう。好きにすればいい。
 それに、壮二は自ら貧乏だったと語るほど正直者だ。妙な縁者が出てくるとは思えない。

 武子が母のぶんの朝食を運んできた。
 焼き魚にお浸しといった和食メニューである。よくこれだけで足りるなあと、希美はいつも思ってしまう。

「調査は別として、南村さんになるべく早くお会いしたいわ。そうそう、お父さんにもきちんと紹介しなくてはね。あの人、すぐにへそを曲げるから」
「ふふ……そうよね。分かった」

 父親のこととなると、この母娘は結束力がある。
 生まれてからこれまで、浮気者の父に対して共同戦線を張ってきたようなもの。
 もっとも希美としては、どちらの肩を持つ気もないが、どちらかといえば母の味方だ。

「ところで、あなたは今日、お休みでしょう。たまにはしっかり休養しなさいね。社長秘書として24時間働きづめなんだから」
「うん、そうするつもり」

 母親としての気遣いに、希美は素直に頷く。

「お父さんのことだから、あなたが結婚して落ち着いたら、もっと重要なポストを与えるでしょうね。秘書ではなく、経営に関わるような大事な役割を。忙しくなるわね」
「分かってる。でも、大丈夫よ」

 そのための、『奥さん』である。結婚と同時にこの家から独立し、壮二と二人暮らしを始めるのだ。

(あいつに家事いっさいを任せ、私を支えてもらう。仕事に全力で打ち込めるよう、夫のつとめを果たしてもらうわ)

 そう、朝から晩まで、それこそ24時間――

「ごちそうさまでした」

 希美はまたしても頬が熱くなり、それを母に指摘されたくなくて急いで席を立った。
 ドアに向かって歩きかけたところで、スマートフォンの鳴動に引き留められる。カーディガンのポケットに入れてあるのは仕事用の端末である。

「噂をすれば……社長からです」

 苦笑する希美に、母は指でバツ印を作り『電源を切りなさい』と合図した。娘をこき使う夫に、腹を立てているのだ。

 しかし、そうはいかないのが仕事である。

「はい、北城です」
『希美、今すぐこっちに来てくれ』

 は――?

 前置きナシで用件を切り出され、すぐに返事ができない。

『もしもし、聞いてるか!』

 朝っぱらから大音量で、耳にわんわん響く。我が父親ながら、還暦近いとは思えない元気のよさだ。

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