夫のつとめ

藤谷 郁

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謙虚と自信

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 バスルームでシャワーを浴びて、歯磨きとブレスケアを念入りに行うと、希美は自室に戻った。

「えっと……まずは、壮二に電話しなくちゃ」

 テーブルに二台並べた端末のうち、仕事用のスマートフォンを手にする。今日の誘いはデートではなく、あくまでも仕事なのだ。

「よし、かけるわよ」

 あいつを相手に、緊張することはない。そう思いながらタップした。

『おはようございます、南村です!』

 呼び出し音が鳴るやいなや、爽やかな挨拶が聞こえた。元気いっぱいの壮二に、希美は思わず微笑みを浮かべる。
 
「おはよう、壮二。朝早くにごめんなさい」
『いえ、大丈夫です』
「昨夜は楽しかったわね。帰りが遅くなったけど、ちゃんと眠れたかしら」
『え、ええ』

 つっかえるところが正直だ。
 一人戻ったアパートの部屋。布団の中で希美の裸身を思い出し、興奮を蘇らせていたに違いない。

「どうかしたの?」
『や、なんでもありません』

 こちらが主導権を握り、自分らしく会話している。希美はペースを取り戻せたことに、ひそかに安堵した。

『あの、希美さんはどうでした? よく……』
「もちろん、私もよく眠れたわよ」

 壮二のせいで染まる頬を意識し、素っ気なく答えた。電話は顔が見えなくていい。

『そう、ですよね。それは、なによりです』

 ぐっすり眠ったのは嘘じゃない。が、それがすべてでもない。
 変に間を空けないよう、会話を続けた。

「今、なにしてるの?」
『ええと、さっき家事を済ませて、今はのんびりしています』

 家事というと、炊事や洗濯、あるいは掃除である。当たり前のように言うのは、彼にとってそれが日常だからだ。若者のわりに、なかなかしっかりしている。

「ふうん。朝食も自分で作ったりするの?」
『はい。学生時代から、ずっと自炊です』

 経費節約のために、外食や中食は控えていたのだろう。希美は納得すると、貧乏学生の壮二がせっせと料理する姿を想像した。

「家事が得意なのはいいことよ。私は全然ダメだから、感心するわ」
『そうなんですか?』

 家事下手をあっさり告白する希美に、壮二は笑った。屈託のない笑い声は明るく、こちらも腹が立たない。

『僕も、得意というほどではないですよ』

 謙虚さは余裕の表れだと希美は知っている。壮二の家事能力は、かなり期待できるかもしれない。

「ふふ……まあいいわ。ところで、今日の予定は?」
『え? あ、今日ですか』

 急に話題が切り替わり、彼は戸惑ったがすぐに答えた。

『ドライブに出かけるつもりです。昨夜、希美さんが静岡のゴルフ場まで、社長に忘れ物を届けに行くと言われたでしょう? 僕も、どこかに走りたくなって……』
「へえ、いいじゃない!」
 
 思わず弾んだ声が出る。なんと好都合な展開だろう。

「あなた、車を持っていたのね」
『はい、一応。中古ですけど、整備はきちんとしてありますよ』

 電車通勤で彼女もいない男に、車が必要だったのかしら。
 失礼なことを考える希美だが、これも好都合だと指を鳴らす。中古であろうと、自家用車を持っているなら話は早い。

「ちょうどよかった。実は、そのことで電話したのよ」
『はあ』

 わけが分からないという反応の壮二だが、希美は構わず用件を伝えた。忘れ物を届けに行くという口実はそのままで、本題を話す。
 社長が運転手に壮二を指名し、会いたいと言っている。それはもちろん、父親として娘の結婚相手を吟味するためだ。

『社長が僕に話があると……そうなんですか』

 いきなりすぎて理解できないのか、それとも持ち前の鈍感さのせいか、ぼんやりした返事だ。
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