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ドライブ日和
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「ふふ、そんなに慌てなくとも。ほほほほ……」
(もう、武子さんてば)
どうやら武子は童貞が好物のようだ。壮二を見る目も、どこかイヤらしい。
ビジネスバッグを後部席に載せてから、助手席に座った。シートベルトを装着すると、運転席の壮二にゴーサインを送る。
「それでは、出発します」
「ええ、お願いね」
動き出す車の窓から、手を振る武子と、二階の窓でオペラグラスを覗く母にブイサインを掲げた。父に勝利し、戻ってくるという意思表示だ。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでも。あなたの車、古い型だけど乗り心地はいいわね」
フロントガラスに向き直り、シートにゆったりともたれた。高級住宅街を下る坂道は、明るい春の陽射しに照らされている。
「ええ。定期的にチューンナップして、サスにもこだわってますから」
「ふうん。車をいじるのは好き?」
「好きですね。エンジニアになりたいと思ったこともあります」
意外にも男っぽい趣味だ。
でも、それほど違和感がないのは、壮二の身体を経験したせいだと希美は考える。ハンドルを握る彼の手は、関節が太くて男らしい。あの手が希美を力強く抱いたと思うと……
「希美さんはどうですか? 車のほうは」
「へっ? ああ、車ね……うん、興味がないこともないわ。一応免許は持ってるし、たまには運転するわよ」
エロな妄想に突入するところだった。壮二に覚られないよう何気ないふうを装い、どうでもいいことを訊いてみる。
「えっと……この車はローンで?」
「いや、現金です。入社一年目の、冬のボーナスで購入しました」
「そうなの。でも、ボーナスを頭金にして、ローンで新車を買うこともできたでしょうに」
車好きの若い男なら、流行りの車を欲しがるのではないか。希美は単純に推測したが、壮二は首を横に振る。
「借金は嫌いなので」
「……あ」
壮二の家庭の事情を忘れていた。希美はしまったと思い、彼に見向く。
「ごめんなさい。無神経なことを言ったわ」
「いやそんな、気にしないでください。僕はただ、分相応な選択をしただけですし、中古でもこの車種を気に入ってますから。そこまで深刻な話じゃありません」
「そうなの?」
「はい。できれば借金は避けたい……と、そのていどですので」
こちらを見てにこりと笑う。壮二らしい穏やかな対応は、かえって希美を居心地悪くさせた。
「いいわ。結婚したら新車を買ってあげる」
「えっ? あはは……ありがとうございます」
本気で言ったのに、軽く返されたのは心外だが、どういうわけか腹が立たない。こんなところも壮二らしさだなと、希美は分かり始めていた。
また、彼という人間にも、少し慣れた気がする。
「でも、そうですね。希美さんと結婚したら、北城家の一員として相応しい車に乗るべきですよね」
眩しそうに目を細めた横顔は、ちょっと残念そうに見える。
「私は別に、この車でも構わないけど?」
「ほんとですか? 大事に乗ってますから、そう言ってもらえると嬉しいです」
(喜んじゃって。まったく、欲のない男ねえ)
呆れるけれど、仕方ない。生活レベルも物の価値観も、社長の娘として育った希美とは『ずれ』がある。車くらい彼の好きにさせてあげよう。
(平凡で、欲がなくて、堅実。これこそが理想の夫。私は必ず、壮二と結婚する)
理想的な婚約者の隣で、決意を新たにした。
(もう、武子さんてば)
どうやら武子は童貞が好物のようだ。壮二を見る目も、どこかイヤらしい。
ビジネスバッグを後部席に載せてから、助手席に座った。シートベルトを装着すると、運転席の壮二にゴーサインを送る。
「それでは、出発します」
「ええ、お願いね」
動き出す車の窓から、手を振る武子と、二階の窓でオペラグラスを覗く母にブイサインを掲げた。父に勝利し、戻ってくるという意思表示だ。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでも。あなたの車、古い型だけど乗り心地はいいわね」
フロントガラスに向き直り、シートにゆったりともたれた。高級住宅街を下る坂道は、明るい春の陽射しに照らされている。
「ええ。定期的にチューンナップして、サスにもこだわってますから」
「ふうん。車をいじるのは好き?」
「好きですね。エンジニアになりたいと思ったこともあります」
意外にも男っぽい趣味だ。
でも、それほど違和感がないのは、壮二の身体を経験したせいだと希美は考える。ハンドルを握る彼の手は、関節が太くて男らしい。あの手が希美を力強く抱いたと思うと……
「希美さんはどうですか? 車のほうは」
「へっ? ああ、車ね……うん、興味がないこともないわ。一応免許は持ってるし、たまには運転するわよ」
エロな妄想に突入するところだった。壮二に覚られないよう何気ないふうを装い、どうでもいいことを訊いてみる。
「えっと……この車はローンで?」
「いや、現金です。入社一年目の、冬のボーナスで購入しました」
「そうなの。でも、ボーナスを頭金にして、ローンで新車を買うこともできたでしょうに」
車好きの若い男なら、流行りの車を欲しがるのではないか。希美は単純に推測したが、壮二は首を横に振る。
「借金は嫌いなので」
「……あ」
壮二の家庭の事情を忘れていた。希美はしまったと思い、彼に見向く。
「ごめんなさい。無神経なことを言ったわ」
「いやそんな、気にしないでください。僕はただ、分相応な選択をしただけですし、中古でもこの車種を気に入ってますから。そこまで深刻な話じゃありません」
「そうなの?」
「はい。できれば借金は避けたい……と、そのていどですので」
こちらを見てにこりと笑う。壮二らしい穏やかな対応は、かえって希美を居心地悪くさせた。
「いいわ。結婚したら新車を買ってあげる」
「えっ? あはは……ありがとうございます」
本気で言ったのに、軽く返されたのは心外だが、どういうわけか腹が立たない。こんなところも壮二らしさだなと、希美は分かり始めていた。
また、彼という人間にも、少し慣れた気がする。
「でも、そうですね。希美さんと結婚したら、北城家の一員として相応しい車に乗るべきですよね」
眩しそうに目を細めた横顔は、ちょっと残念そうに見える。
「私は別に、この車でも構わないけど?」
「ほんとですか? 大事に乗ってますから、そう言ってもらえると嬉しいです」
(喜んじゃって。まったく、欲のない男ねえ)
呆れるけれど、仕方ない。生活レベルも物の価値観も、社長の娘として育った希美とは『ずれ』がある。車くらい彼の好きにさせてあげよう。
(平凡で、欲がなくて、堅実。これこそが理想の夫。私は必ず、壮二と結婚する)
理想的な婚約者の隣で、決意を新たにした。
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