夫のつとめ

藤谷 郁

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御曹司(その2)

3

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「なにを考えてるんです。大事な取引きの場に、家の事情を持ち込む気ですか!」

 希美の抗議に、利希はしれっとして答えた。

「いいんだよ。資本提携の件は昨夜の会合で、大体の話は済んでる。現段階では、それ以上詰めることはない。今日の昼食会はオマケ程度のもんだ」
「なっ……」

 憎めない性格で人を……特に女をたぶらかすのが父だと分かっていたのに、引っかかってしまった。

 ――おお、さすがわが娘。頼りにしているぞ。

 などと言われて、うっかり仕事を引き受けた自分に腹が立つ。なにより、壮二を巻き込んだことが悔やまれる。よりによって、秘書をやらせるなんて。

「ダメです。無理です。壮二に務まるわけないでしょう。いくらオマケていどの昼食会だろうと、相手方に失礼だし、不信感を持たれますよ」
「お前こそ、なにを言ってるんだ」

 利希は大げさな仕草で、肩をすくめてみせる。

「そんな言い草、南村くんに失礼だろう。なあ、キミ」

 利希は壮二に近付くと、親しげに肩を抱き寄せた。いきなり社長に絡まれ、壮二は目をきょろきょろさせている。

「君は、次期社長の婿になるんだろう。それなら、これくらいのこと臨機応変に対応できなきゃ話にならんぞ。できるよな?」
「は、はあ……」

 圧迫面接は既に始まっていた。
 海千山千の社長相手に、心の準備などいくらしたところで無駄だったのだ。
 先制攻撃を許した希美は激しく後悔する。

 だが、しかし――
 どういうわけか、壮二は嬉しそうに笑った。そして、利希をまっすぐに見て、はっきりと言い切ったのだ。

「承知いたしました。精一杯、務めさせていただきます」

 希美はもちろん、臼井秘書も愕然とする。秘書という仕事を、この男は分かっているのか。いや、おそらく全然理解してない。
 無理難題を持ち出した利希までもが、呆気にとられている。

「ちょ……壮二。あのね」

 二人をひっぺがそうとして、希美は近付く。こんなばかげたこと、絶対に止めさせなければ。
 だが、壮二はさっとそれを制し、利希に向かって心配そうな声で尋ねた。

「社長、お腹の具合はいかがですか。昼食会の前に、奥様手作りの腹巻きを身に着けておきましょう」
「……」

 だしぬけにトップシークレットを暴かれ、利希が言葉を失う。壮二の罪のない発言が、緊迫した空気を一変させた。
  

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