夫のつとめ

藤谷 郁

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実はデキる男

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 ケホケホとむせる希美に、壮二がハンカチを渡す。

「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」

 澄んだ瞳を見て、落ち着きを取り戻す。そうだ、自分の隣には心に決めた男がいる。公式発表はまだだけど、いずれ明らかにするつもりだ。
 希美は気を強く持ち、清潔なハンカチを握りしめた。

「失礼しました。希美さんがあまりにも魅力的な女性ひとなので、つい……」

 幸一は気障な笑みを浮かべ、トマトのマリネをフォークで刺す。力かげんに失敗して形を潰すのを、希美は冷めた目で見やった。

(この人、いつもこうして女を口説いてるのね。いくら毛並みが良くても、中身はマナーの悪い世間知らずだわ)

 女が食事する姿をじろじろ眺めるなど、無礼の極みである。希美は幸一という男に、生理的嫌悪を覚えた。
 それより、壮二のきれいな食べ方に感心する。一介の社員である彼のほうが、ずっと上等だ。



「ところで北城さん。希美さんは商品に関して詳しい知識をお持ちだとか。営業部の方も揃ったことだし、少々質問させてもらいたいのだが」

 テーブルにデザートが並んだところで、友光が仕事の話を切り出した。ノルテフーズの、昭和時代からのラインナップについての質問である。
 利希は友光に、商品に関しては次期社長がすべて把握済みだと説明していた。

「おお、そうですな。どうぞどうぞ、何なりとご質問ください」

 利希は調子よく返事をすると、「お前たち、しっかり頼むぞ」と、こちらには威張ってみせる。

(いいけど……自社製品の解説を秘書に丸投げする社長ってどうなのよ)

 そもそもこのために希美は呼ばれたのだが、どうにも情けなかった。
 それに比べて、海山商事の社長は仕事熱心である。父利希に負けないくらいダンディな外見だが、タイプは違うようだ。

「ノルテさんの主力商品はインスタントと冷凍食品とのことですが、その中でも大ヒット、あるいはロングセラーと呼ばれる製品はどんなものですか。参考までに、お聞かせ願いたい。いや、私どもは普段、そのような食品を口にしないものでねえ」

 海山商事も食品を扱う商事会社だ。冷蔵事業を強化するため、基本的な売れ線を掴んでおきたいのだろう。
 しかし、今の言い方にはカチンときた。

(この社長、紳士な顔して結構エグイかも。でも、大手企業のトップなんだから、これくらい当然か)

 優位に立つための心理的作戦かもしれない。
 だが利希を見ると、「ほう、なるほど。そうなんですか」と愛想よく対応し、壮二も営業マンらしく、ポーカーフェイスでうなずいている。
 希美も調子を合わせ、落ち着いて答えた。

「人気商品は数多くありますが、ロングセラーは何と言っても『ノルテの椀麺ワンメン』ですね。創業者が考案した中華麺シリーズが原型で……」

 これくらいなら利希でも説明できる。
 しかし、昭和時代のラインナップは希美のほうが詳しい。特にラーメンは子どもの頃からのおやつだし、説明するだけでよだれが出そうなほどの大好物。食に対する興味の深さ。つまり食い意地の強さが違うのだ。
 
「次に、商品の売れ筋や主な販売先、消費者のニーズですが」
「あ、それは私が説明させていただきます」

 市場に関する説明は壮二が担当した。つっかえることもなくすらすらと答える姿に、希美も利希も目を見張る。
 凡庸な営業部員が、一体どうしたことか。
 もしかして、本当はデキる社員なのに実力を隠しているとか……

(まさかね。実力を隠したって、何の得にもならないし……ん?)

 どうしてか、違和感があった。
 思い当たることがあるような、無いような。

 しかし、説明を終えた壮二の手元を見て、それが気のせいだと理解する。
 ぶるぶる震えているのだ。
 彼は精一杯努力して、デキる営業部員を演じただけ。平気なようで、やはりかなり緊張しているのだろう。

「頑張ったわね、壮二」
「は、はいっ」

 こっそり労うと、彼はぎこちなく微笑んだ。
 今にも倒れそうな青い顔で。

(そう言えば、高校時代は演劇部だったのよね。一生懸命に演じたってわけか)

 ヘタレな姿を確認し、希美はなぜか安堵を覚えた。
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