夫のつとめ

藤谷 郁

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まさかの嫉妬

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 希美の視線に気付くと、利希は経済紙をたたんでテーブルに放った。それから、わざとらしく咳払いをして笑いを遮った。

「あら、ごめんなさい。つい、懐かしくって」

 目尻を拭う妻の仕草を、利希がちらりと見やった。不穏ではあるが、けんかが始まる雰囲気でもない。

「でも、私と付き合って……って、まさか友光君がそんなことを?」
「さあな」

 お茶を一気に飲み干すと利希は立ち上がり、誰とも目を合わせず、壁の時計を見た。

「まあ、君が昔誰と付き合っていようと、俺には関係ないがね。希美、そろそろ行くぞ。早く支度しなさい」
「え? ちょっとお父様?」

 ダイニングを出て行く父を慌てて追おうとするが、麗子に止められた。

「ねえ希美。お父さん、どうかしたの?」
「う、うん。ええと……」

 昨日の昼食会で友光から聞いたことを、希美はかいつまんで話した。すると、彼女は呆れ顔になり、またしてもクスクスと笑いだす。

「あの、お母様?」
「私と恋人だったですって? 友光君も相変わらずねえ」

 麗子が言うには、細野友光はサークルの女の子を全員恋人扱いしていたらしい。つまり、麗子はただのガールフレンドだった。

「確かに見栄えは良かったけど、あまりにも気障で己惚れ屋で、皆呆れてたのよ」
「そ、そうなの?」 

 残念なイケメンというやつだ。いくらイケメンでも、度が過ぎるとコメディになる。

「だけど、お母様とは気が合って、楽しくデートしたとかなんとか」

 希美が言うと、麗子はぶんぶんと手を振った。

「いやねえ、それだって勝手な思い込みよ。美術館巡りはしたけど、あくまでもサークル仲間として。彼、美術に造詣が深い人だから、そこのところは尊敬していたわ」
「……なるほど」

 希美は納得した。『友光君』という呼び方は親しげだが、母の声には恋人関係だったことを匂わせる甘い響きはない。
 それに、細野友光という名前自体を、今の今まで忘れていたようだ。
 かつて特別な関係だったとは考えにくい。

「ということは、恋人でもなんでもなかったってこと?」
「よしてよ。大体、友光君みたいなタイプ、私が好きなわけないでしょう」

 友光の洋風顔を思い浮かべ、希美は納得した。母はどちらかといえば和風男子が好きである。それに、そんな気の多い男を好きになるはずもない。

「でも、お父さんも変な人ね。誰と付き合っていようと関係ないだなんて、わざわざ言わなくてもいいじゃない。ああ、だんだん腹が立ってきたわ!」

 雲行きが怪しくなったところで、希美は退散した。
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