夫のつとめ

藤谷 郁

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春色革命

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「よりによって、南村のような大人しい男を。お前さんのような女に迫られたら、いやでも言うことを聞くだろうよ。かわいそうじゃないか」
「はあ?」
 
(この人、壮二のことをぜんぜん分かってない。それに、弄ぶだの迫るだの、男を食い物にする悪女みたいに言わないでほしいわ)

「あのね、堀田さん。私は真剣に、壮二のことを……」
「おはようございます!」

 突然大きな声が聞こえて、希美は跳び上がった。
 知らぬ間に、壮二が堀田の背後に立っていた。堀田まで、驚きのあまり跳びすさっている。

「何だお前、驚かすなよ。いつからそこにいたんだ!」
「つい今しがたです。はは……すみません」

 希美は堀田と顔を見合わせ、互いに脱力する。壮二の登場で、緊迫した空気が一気に和んだ。

「出てくるなって言ったのに、しょうがない奴だな」

 堀田は呆れたように言う。希美が営業部に襲来すると予測し、壮二を隠していたのだ。

「もういい、勝手にしろ。どうなっても俺は知らんからな!」

 命令に背いた部下の肩をばしっと叩き、オフィスへと戻っていく。壮二はよろめくが、希美を見て照れ笑いを浮かべた。

「もう。堀田さんもあなたも、仕方ないわね」
「すみません」

 自然に笑みがこぼれる。この表情かおを見たかったのだ。

「昨日はお疲れ様。元気そうで安心したわ」
「はい、希美さんも」

 廊下を行き来する社員が珍しいものでも見るように通り過ぎていく。だがそんなもの、いっさい気にならない。希美にとって大事なのは、壮二から注がれる熱い視線だった。

「お父様……社長が堀田課長に話を通したみたいね」
「ええ」

 ふと真顔になる。お世話になった上司に対し、申しわけない気持ちなのだろう。

「約束どおり、一週間の猶予をもらいました。得意先に挨拶をして、引継ぎを済ませてから秘書課に異動します」
「うん、分かった。急なことで大変だけど、頑張ってね」

 行儀よく組まれた壮二の手に、希美はそっと触れた。キスのひとつでもしてやりたいが、さすがにここでは無理。
 見送る壮二に手を振り、廊下を戻った。


それにしても、これほどスムーズに段取りされるとは意外だった。父は本気で、壮二を認めたのだろうか。
 希美は半信半疑のままエレベーターに乗った。
 そして、階数表示を眺めるうちにあることに気づく。

「ん? そういえば私……」

 堀田課長に会っても、何も感じなかった。いつもなら、筋骨逞しい体躯に見惚れ、ムラムラしたものだ。
 それなのに、まったくの平常心。

(えっ、こんなこと初めてよね。変だわ、どうして?)

 困惑しながら、秘書課フロアに降り立つ。
 オフィスに急ごうとした足を止め、胸元を押さえた。

 今、希美をときめかせるのは堀田ではなく、壮二。ほんの短い間に、好きな男のタイプが変わってしまったらしい。
 ガチマッチョを信奉してきた肉食女子にとって、革命とも呼べる現象だった。
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