夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
78 / 179
秘書課の壮二

1

しおりを挟む
 月曜日の朝。
 希美はウキウキしながら出勤したが、あれっと思う。隣に設置した壮二のデスクに本人がいない。

「北城さん、おはようございます」

 希美がきょろきょろしていると、役員秘書の吉田よしだが話しかけてきた。彼女は入社5年目の26歳。秘書課では中堅社員であり、希美のサポートを務めることが多い。

「先ほどT社の伊藤様からお電話がありました。午後1時頃に、もう一度連絡をくださるそうです」
「ありがとう。あっ、吉田さん」

 自席に戻ろうとする彼女を、慌てて引き止めた。

「今日から配属の南村さん、まだ出勤してない?」
「南村さんなら先ほど出勤されましたけど……あれっ? そういえば、いませんね」

 他の秘書課員に訊いても、それぞれ首を傾げる。出勤したのは確かだが、誰も居所を知らなかった。

(さすが営業二課の幻影と呼ばれた男。この存在感のなさ、半端ないわ)

 新人は普通、注目されるもの。それなのに、壮二の幽霊っぷりはもはや才能である。
 希美は感心するとともに、少しホッとした。
 地味で目立たぬ壮二も一応は男であり、彼に興味を持つ女性がいないとは限らない。

 何しろ、管理職を含め15名からなる秘書課の男女比は3:12――
 女性が大半を占めている。そこに壮二が加わり4:12になるが、やはり圧倒的に女の世界だ。

 こういった環境では、平凡な男でもモテたりする。そこのところを、希美はほんのちょっぴり懸念したのだが……
 オフィスの女性社員は誰一人として、壮二に興味を引かれないらしい。

「あのう、北城さん」
「はい?」

 吉田がまだ横にいて、他の課員もこちらに注目していた。

「えっ、なに。どうしたの?」
「そのう、南村さんは本当に、北城さんの婚約者なんですか?」
「……」

 この質問は、もう何度も受けている。吉田だけでなく、周りの人間がことあるごとに確かめようとするのだ。
 希美がなぜ壮二を選んだのか、納得できないらしい。
 ちなみに、希美が営業部まで押しかけて壮二にプロポーズした件は、全社に広まっている。

「そうよ。だから彼は、秘書課に配属されたの」
「未来のお婿さんとして、社長のお仕事がどんなものか、間近で見るために……?」
「ええ」

 答えが分りきった質問を繰り返すのは失礼だ。
 しかし吉田は真面目そのもの。とにかく、不思議でたまらないのだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...