夫のつとめ

藤谷 郁

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誰にも渡さない

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「いい年をして、何が誕生パーティーだ。いくつになったんだあの男は」
「55歳だそうです」
「……ふん、お母さんの同級生だったな」

 朝のコーヒーを飲み終えた利希が、社長室のデスクに置かれた招待状を、いまいましそうに見やった。
 希美はカップを片付けながら、父の様子を慎重に観察する。この前のように、また血圧が上がるのではないかとハラハラしてしまう。

「まったく、仕事でもなければ、誰があんな男と付き合うもんか」
「では出席ということで、正式にお返事を出しておきますね」

 利希は「ああ」と、仏頂面で答えた。

(お父様も大変ね。いっそのこと、海山商事との契約なんて解消しちゃえばいいのに)

 資本提携の準備は整いつつあった。今さら解消など現実的に無理な話だが、そう願わずにはいられない。細野親子の顔を思い出すと、どうしても憂鬱になるのだ。

「というわけだから南村、6月10日の夜は細野社長のお誕生会だ。予定に入れといてくれ」
「承知いたしました、社長」

 壮二がパソコンの前に座り、来月のスケジュールを打ち込んでいる。パーティーに関しては、彼も思うところがあるだろうが、まったく表に出さない。

 ――腹は立つでしょうが、仕事は仕事です。

 彼は仕事に関しては感情に流されず、割り切った対処ができる。希美にとって、そんなところが意外であると同時に、頼もしくもあった。

(壮二は案外、経営者に向いてたりして……なんてね)

 彼に野心などない。家事が得意で、気が利いて、愛情深い壮二は良い奥さんになってくれるだろう。

 あと数か月後には――

 壮二との新婚生活を思い描き、にやけそうになる。しかし今は仕事中であり、恋愛モードに浸っている場合ではない。
 希美は気を引きしめた。

「ところで社長。明日の午前中に△△病院で定期健診を受けていただきます。本日午後8時以降は、ご飲食をお控えください」
「ああ、そうだったな。今夜は早めに帰って、さっさと寝るとするか」

 利希はこれまで、胃腸が弱いほか持病もなく健康だった。
 しかし、幸一が北城家にやって来たあの日、いきなり高血圧の症状が出たのだ。

 そのきっかけはおそらく、細野友光から麗子へのメッセージ。
 まさか血圧が上がるほど嫉妬するとは、ちょっと驚きである。

 だが、壮二や武子は『良かったじゃないですか』と、嬉しそうにしていた。もちろん血圧が高いことではなく、利希が麗子に愛情を抱いていたことだ。

 でも希美は複雑だった。
 なぜ今頃になって、それが明らかになるのか。愛情があるなら、なぜ浮気を繰り返して母を泣かせてきたのだ。
 夫婦げんかのたびに、娘がどんな思いでいたのか知りもせず。

(まったく、無駄にすれ違っちゃって。何考えてんのかわかんないわ)

 でも、希美は両親の不仲について以前ほどこだわっていない。
 なぜなら、今の希美には彼がいる。

 パソコン作業を終えて、壮二がこちらを向く。希美と目が合うと、照れくさそうに笑った。

(私を誰よりも愛し、求めてくれる男性ひと。壮二は私のもの。絶対に、誰にも渡さないわ)

 生まれて初めて、希美は独占欲に燃えた。
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