夫のつとめ

藤谷 郁

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モテ男の出現

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 会社に着くと、利希は一階のトイレに直行した。おおかた腹巻きを忘れたのだろう。梅雨時はお腹が緩くなるのだ。

「待ってなくていい。お前は先に行っててくれ」
「わかりました」

 希美は肩をすくめると、エレベーターに向かった。


「よお、北城さん。久しぶりだな」

 エレベーターホールで営業部の堀田課長が声をかけてきた。重量感のある体と豪快な笑顔が相変わらずだ。

「堀田さん、おはようございます」
「今日は上に用事があるんだ」

 彼は希美と一緒に上階用エレベーターに乗り込み、20階のボタンを押す。情報システム部が入るフロアだ。

「もしかして、セキュリティの確認を?」

 △△乳業の炎上のせいで、営業部員はしばらくの間、『おたくは大丈夫か』と顧客から質問を受けるだろう。
 販売の前線にいる彼らは、どの部署よりもネットセキュリティに敏感になっている。

 ノルテフーズはこれまで、ネット上に悪評が立ったことがない。小さなマイナス意見はあるが、どちらかといえば平和なペースである。
 それでも、いつどんな問題が起きるか分からない。△△乳業の件が対岸の火事だと思っては危険だ。

「まあ、それもあるけどな」

 堀田は苦笑いした。

「いつものデータ収集だよ。営業部はネットワーク管理課とちょくちょくやり取りしてるんだ。商品のネット上の評判とか、まとまった情報を出してもらってる」
「そうなんですか」

 炎上はいただけないが、消費者の声を拾えるのがインターネットの利点だ。今時の営業部員はSNSを活用し、売り上げアップに励んでいる。

「課長自ら、お疲れ様です」
「ははは。俺が一番ヒマだからな。ところで、南村は元気してるか?」
「ええ、とても。彼は秘書課の仕事に向いてるみたいです」

 壮二の元上司である彼は、ホッとした様子になる。

「あいつ、意外と気が利くからなあ。もっと押しが強ければ営業でも芽が出たんだろうが。しかし、秘書課は女性が多い部署だし、控えめな性格がウケてるんじゃないの」
「ウケてる?」

 意味がわからず、堀田を見返した。

「女は結局、優しくて気の利く男が好きだから。案外モテたりしてな」
「まさか」

 それは考えすぎだ。
 確かに壮二は人当たりが良く親切なので、女性社員の評判はいい。
 だが、秘書課の女たちは男に対する理想が高く、特に見栄えの良さにこだわる。
 地味な外見の壮二は、男性として見られていない。

(だからこそ、私の婚約者なわけよ。ああ、壮二が地味で良かった)
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