夫のつとめ

藤谷 郁

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グラットン

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 5月下旬の日曜日。
 本日午前11時より、〇〇市内のホテルにおいて、北城家と南村家の初顔合わせが行われる。
 南村家の地元が会場なのは、希美の両親がぜひそのようにと望んだから。先方は恐縮しながらも、承諾してくれた。


「ねえ、武子さん。このワンピースの色、派手じゃない? やっぱり黒かグレイにするべきかしら」

 玄関まで見送りに出た武子に、希美は今日何度目かの質問をする。
 レモン色の生地を心配そうに見下ろす彼女に、武子は同じ答えを繰り返した。

「お嬢様には明るい色のお召し物が大変お似合いでございます。それに、上品なデザインなので、かえって落ち着いた印象を持たれることでしょう」
「ほんと? ほんとにそう思う?」
「はい」

 しばらくすると、利希と麗子が外に出てきた。

「なあに、まだお洋服のことで迷っているの? 希美も案外小心者ねえ」
「格好よりも言葉遣いに気をつけろよ。きつい娘だとばれたら、話がパアになる」
「ぐっ……」

 好きほうだい言われて、希美はムッとする。この夫婦こそ、先方の前でケンカを始めないよう気を付けてもらいたい。

「それにしても、素晴らしいお天気で、ようございましたねえ」

 武子につられて希美も空を見上げた。梅雨とは思えないほど、きれいに晴れている。

「日頃の行いがいいからだ。もちろん、俺のな」
「まあ、あなたったら」

 利希と麗子が声を揃えて笑った。
 二人とも、今朝からずっとご機嫌である。壮二との結婚に前向きな彼らは、顔合わせを楽しみにしていた。

「よし、行こう。少し早いが、時間に遅れてはならん」
「そうね、あなた」

 夫婦は頷き合うと、門の外で待機する車へと向かった。

「行ってらっしゃいませ。リラックスして、臨まれますように」
「ありがとう、武子さん」

 頼もしい応援に背中を押され、希美も前に進んだ。




 〇〇市までの距離は車で40分ほど。今日は道が空いており、スムーズに移動することができた。

「ホテルまであと少しだな」
「はい。5分ほどで到着します」

 運転手の杉山が答えると、利希は「うむ、予定どおりだ」とつぶやき、町の様子を確かめるように車窓を覗いた。

「住宅が多いが、会社や商店もけっこうあるな。ん?」

 利希は一軒の建物を指差し、希美に教えた。

「おい、見ろ。あのビル、グラットンの旧本社じゃないか」
「グラットン?」

 見ると、通りの向こうに古いビルがあった。株式会社グラットンと、看板が掲げてある。

「えっ、〇〇市に本社があったの?」
「そういえばそうだった。俺も最近まで知らなかったんだが、海山商事がグラットンに取引きを持ちかけてると聞いて、ネットで調べてみたんだ」
「海山商事が?」

 グラットンはヒット商品をいくつも生み出す一流企業。業界の雄に取引を持ちかけるとは……認めたくはないが、さすが海山商事である。
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