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顔合わせ
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「そうですか、さすが壮二君ですな。我々も少し気が楽になりました」
一つ一つ、ハードルを越えていく。いよいよ結婚が近づくのを希美は感じる。和やかなムードが心地良く、身も心も幸せでいっぱいだ。
ところが、まだ話は終わりではなかった。コーヒーを飲み終えた仙一に、利希が世間話でもするように、さりげなく尋ねたのだ。
「ところで、南村さん。ここに来る途中、グラットンの旧本社ビルを見かけました。いえね、グラットンの社長も確か南村だったなあと、ふと思い出しまして。しかも、あの社長のフルネームは南村壮太。偶然にも、壮二君と一字違いです。もしや、ご親戚ではないかと想像したのですが」
希美はカップを落としそうになる。いきなり何を言い出すのだ、この親父は。
麗子が額を押さえ、首を横に振る。
利希はグラットンとの繋がりを、まだ手繰ろうとしているのだ。
「グラットンの社長……ですか?」
唐突な質問に、仙一が戸惑った様子になる。しかも、決して愉快な表情ではない。息子が一字違いの名前のせいで嫌な思いをしたことを、彼は知っているのかもしれない。
もしそうなら、利希の発言は極めて無神経かつ無礼だ。
壮二を見れば、表情が硬い。
やはりグラットンの話題は避けるべきだ。希美は他の話題を振ろうとしたが、仙一が口を開くのが早かった。
「この辺りで南村という姓は珍しくありません。遠い先祖まで辿ればどうか分かりませんが、グラットンの社長は親戚ではありませんね」
穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。
「では、名前が一字違いなのは……」
「もちろん、偶然ですよ。南村社長と我々は、まったくの無関係。つまり、赤の他人です」
利希があからさまにがっかりするが、仙一は気分を害したふうでもなく、かえって励ますかのように話を続けた。
「グラットンの創業者、南村壮太……地元の人間なら誰でも知っていますが、彼は大した人物ですよ。伝説的な噂も耳に入ってきます」
「ほう……というと?」
「とにかく南村壮太という人は、子どもの頃からかなりの大食漢だったそうです。学校では給食だけでは足らず、パンやお握りを持ち込んで食べていたとか。テレビの大食い大会に参加して優勝するなんてのも朝飯前。胃袋が人より大きいのかもしれませんねえ。食欲もすごいのですが、何より彼が伝説的と言われるゆえんは、その人間力にあります。曲がったことが大嫌いで、めっぽう気が強い。いじめっ子を見ると片っ端からやっつけたそうです。だから人望もあって、皆の人気者だった。だからこそ、経営者として大成したのだと、地元企業の経営者たちは評価しています」
仙一は一気に語った。
「なるほど。一代であれだけの大企業に発展させただけのことはありますな」
利希は南村壮太の人間像に興味が湧いたのか、前のめりになる。
「それとですね、グラットンというのは『大食い』とか『熱中する人』という意味だそうですよ。彼らしい会社名だと思いませんか」
「えっ、そういう意味だったのですか。豪快な上に、ユニークなお人のようだ」
二人は楽しげに笑い合った。
和やかな雰囲気が戻り、希美はホッと胸を撫で下ろす。母たちも安堵した様子で、女同士の会話を交わしはじめた。
(それにしても、グラットンの社長か……壮二と縁があるような、ないような、不思議な存在だわ。でも、まったくの他人なんだから気にすることないわよ)
壮二を見ると、彼の表情も柔らかくなっている。
最後にひやっとしたけれど、両家の顔合わせは成功だ。
余計なことは忘れて、これからのことを考えましょう――と、希美は愛しい男に微笑みかけた。
一つ一つ、ハードルを越えていく。いよいよ結婚が近づくのを希美は感じる。和やかなムードが心地良く、身も心も幸せでいっぱいだ。
ところが、まだ話は終わりではなかった。コーヒーを飲み終えた仙一に、利希が世間話でもするように、さりげなく尋ねたのだ。
「ところで、南村さん。ここに来る途中、グラットンの旧本社ビルを見かけました。いえね、グラットンの社長も確か南村だったなあと、ふと思い出しまして。しかも、あの社長のフルネームは南村壮太。偶然にも、壮二君と一字違いです。もしや、ご親戚ではないかと想像したのですが」
希美はカップを落としそうになる。いきなり何を言い出すのだ、この親父は。
麗子が額を押さえ、首を横に振る。
利希はグラットンとの繋がりを、まだ手繰ろうとしているのだ。
「グラットンの社長……ですか?」
唐突な質問に、仙一が戸惑った様子になる。しかも、決して愉快な表情ではない。息子が一字違いの名前のせいで嫌な思いをしたことを、彼は知っているのかもしれない。
もしそうなら、利希の発言は極めて無神経かつ無礼だ。
壮二を見れば、表情が硬い。
やはりグラットンの話題は避けるべきだ。希美は他の話題を振ろうとしたが、仙一が口を開くのが早かった。
「この辺りで南村という姓は珍しくありません。遠い先祖まで辿ればどうか分かりませんが、グラットンの社長は親戚ではありませんね」
穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。
「では、名前が一字違いなのは……」
「もちろん、偶然ですよ。南村社長と我々は、まったくの無関係。つまり、赤の他人です」
利希があからさまにがっかりするが、仙一は気分を害したふうでもなく、かえって励ますかのように話を続けた。
「グラットンの創業者、南村壮太……地元の人間なら誰でも知っていますが、彼は大した人物ですよ。伝説的な噂も耳に入ってきます」
「ほう……というと?」
「とにかく南村壮太という人は、子どもの頃からかなりの大食漢だったそうです。学校では給食だけでは足らず、パンやお握りを持ち込んで食べていたとか。テレビの大食い大会に参加して優勝するなんてのも朝飯前。胃袋が人より大きいのかもしれませんねえ。食欲もすごいのですが、何より彼が伝説的と言われるゆえんは、その人間力にあります。曲がったことが大嫌いで、めっぽう気が強い。いじめっ子を見ると片っ端からやっつけたそうです。だから人望もあって、皆の人気者だった。だからこそ、経営者として大成したのだと、地元企業の経営者たちは評価しています」
仙一は一気に語った。
「なるほど。一代であれだけの大企業に発展させただけのことはありますな」
利希は南村壮太の人間像に興味が湧いたのか、前のめりになる。
「それとですね、グラットンというのは『大食い』とか『熱中する人』という意味だそうですよ。彼らしい会社名だと思いませんか」
「えっ、そういう意味だったのですか。豪快な上に、ユニークなお人のようだ」
二人は楽しげに笑い合った。
和やかな雰囲気が戻り、希美はホッと胸を撫で下ろす。母たちも安堵した様子で、女同士の会話を交わしはじめた。
(それにしても、グラットンの社長か……壮二と縁があるような、ないような、不思議な存在だわ。でも、まったくの他人なんだから気にすることないわよ)
壮二を見ると、彼の表情も柔らかくなっている。
最後にひやっとしたけれど、両家の顔合わせは成功だ。
余計なことは忘れて、これからのことを考えましょう――と、希美は愛しい男に微笑みかけた。
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