夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
107 / 179
顔合わせ

2

しおりを挟む
「そうですか、さすが壮二君ですな。我々も少し気が楽になりました」

 一つ一つ、ハードルを越えていく。いよいよ結婚が近づくのを希美は感じる。和やかなムードが心地良く、身も心も幸せでいっぱいだ。
 ところが、まだ話は終わりではなかった。コーヒーを飲み終えた仙一に、利希が世間話でもするように、さりげなく尋ねたのだ。

「ところで、南村さん。ここに来る途中、グラットンの旧本社ビルを見かけました。いえね、グラットンの社長も確か南村だったなあと、ふと思い出しまして。しかも、あの社長のフルネームは南村壮太。偶然にも、壮二君と一字違いです。もしや、ご親戚ではないかと想像したのですが」

 希美はカップを落としそうになる。いきなり何を言い出すのだ、この親父は。
 麗子が額を押さえ、首を横に振る。
 利希はグラットンとの繋がりを、まだ手繰ろうとしているのだ。

「グラットンの社長……ですか?」

 唐突な質問に、仙一が戸惑った様子になる。しかも、決して愉快な表情ではない。息子が一字違いの名前のせいで嫌な思いをしたことを、彼は知っているのかもしれない。
 もしそうなら、利希の発言は極めて無神経かつ無礼だ。

 壮二を見れば、表情が硬い。
 やはりグラットンの話題は避けるべきだ。希美は他の話題を振ろうとしたが、仙一が口を開くのが早かった。

「この辺りで南村という姓は珍しくありません。遠い先祖まで辿ればどうか分かりませんが、グラットンの社長は親戚ではありませんね」

 穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。

「では、名前が一字違いなのは……」
「もちろん、偶然ですよ。南村社長と我々は、まったくの無関係。つまり、赤の他人です」

 利希があからさまにがっかりするが、仙一は気分を害したふうでもなく、かえって励ますかのように話を続けた。

「グラットンの創業者、南村壮太……地元の人間なら誰でも知っていますが、彼は大した人物ですよ。伝説的な噂も耳に入ってきます」
「ほう……というと?」
「とにかく南村壮太という人は、子どもの頃からかなりの大食漢だったそうです。学校では給食だけでは足らず、パンやお握りを持ち込んで食べていたとか。テレビの大食い大会に参加して優勝するなんてのも朝飯前。胃袋が人より大きいのかもしれませんねえ。食欲もすごいのですが、何より彼が伝説的と言われるゆえんは、その人間力にあります。曲がったことが大嫌いで、めっぽう気が強い。いじめっ子を見ると片っ端からやっつけたそうです。だから人望もあって、皆の人気者だった。だからこそ、経営者として大成したのだと、地元企業の経営者たちは評価しています」

 仙一は一気に語った。

「なるほど。一代であれだけの大企業に発展させただけのことはありますな」

 利希は南村壮太の人間像に興味が湧いたのか、前のめりになる。

「それとですね、グラットンというのは『大食い』とか『熱中する人』という意味だそうですよ。彼らしい会社名だと思いませんか」
「えっ、そういう意味だったのですか。豪快な上に、ユニークなお人のようだ」

 二人は楽しげに笑い合った。
 和やかな雰囲気が戻り、希美はホッと胸を撫で下ろす。母たちも安堵した様子で、女同士の会話を交わしはじめた。

(それにしても、グラットンの社長か……壮二と縁があるような、ないような、不思議な存在だわ。でも、まったくの他人なんだから気にすることないわよ)

 壮二を見ると、彼の表情も柔らかくなっている。
 最後にひやっとしたけれど、両家の顔合わせは成功だ。
 余計なことは忘れて、これからのことを考えましょう――と、希美は愛しい男に微笑みかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...