夫のつとめ

藤谷 郁

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約束

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「これはこれは、北城家の皆様。本日は私のために遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」

 細野友光が、大げさなポーズをつけて話しかけてきた。
 ビジネスモードに切り替わった利希が笑顔を作り、対応する。

「こちらこそ、本日はお招きいただきまして、まことにありがとうございます。他でもない細野社長の誕生パーティーですから、2時間の道のりなどどうってことありません」
「それはどうも。おお、麗子さん、お久しぶりです。35年の時を経て、運命的な再会を果たすのを楽しみにしていましたよ」

 友光の眼差しが、利希の斜め後ろに控える麗子に注がれた。
 利希の顔がこわばるのを見て、希美はハラハラする。

「細野さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 麗子が一歩前に出て挨拶した。もちろん仕方なくだが、相手はそんなこと気づきもせず、さらに迫ってくる。

「いや、相変わらずお美しい。あの頃の二人の思い出がみるみる蘇ってきますよ」
「は、はあ……」

 麗子にとって、細野友光はかつての学友。しかし今となっては夫が経営する会社の、取引先の社長である。
 グイグイ来られて、ひたすら戸惑っている。

(怒らない、怒らない。挑発に乗っちゃダメよ)

 希美は母を心配しつつ、父の反応を警戒した。
 そう、今回の招待は友光の挑発にほかならない。乗ったら最後、足元をすくわれるだろう。友光は、夫婦の間に亀裂が走るのを望んでいるのだ。

 あのメッセージのとおり。

 ――懐かしの君へ。月の輝く夜に、恋人時代の美しい思い出を語り合いましょう。

(妻帯者のくせに、よくあんなことが言えたものね)

 細野友光はもちろん既婚者だ。どんな奥方か知らないが、こんな夫では苦労したに違いない(その点は母も同じだが……)
 しかし細野夫妻の場合、別居中との噂があり、かなり冷え切った関係だと分かる。妻が社交の場に現われないのが、何よりの証拠だ。
 
「希美さん、ようこそ。今夜はごゆっくり、最後まで楽しんでいってくださいね」

 耳の近くで声がして、希美はぎくっとする。
 友光に気を取られ、すっかり忘れていた。父親に負けず劣らずの女たらしである、幸一の存在を。

「ど、どうもこんばんは、細野専務。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 ビジネスライクに挨拶し、髪のほつれを直すふりで動揺を隠した。ほとんど無意識の仕草だったが……

「おや、希美さん。その指輪は?」
「え?」

 シルバーの指輪が薬指に光るのを、幸一が目ざとく見つけた。希美はハッとして、自分を守ってくれる人を思い出す。
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