夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
118 / 179
大物かもしれない

1

しおりを挟む
 意気投合した二人は立食用テーブルに移動して、料理の感想を交わした。
 食材や味付けの好みが似通っているので、なかなか楽しい。それに、男が大食いであるというのも、希美に親近感を持たせる大きな要素だった。

「会話が弾むと喉も渇く。そこの君、カクテルをくれないか」

 男は野太い声で、すぐ近くにいた配膳係を呼んだ。

「あ、はーい。少々お待ちください」
「あら?」

 先ほど広間で見かけた、ビン底眼鏡に三つ編みの女性だ。トレイにロングカクテルを載せ、近づいてくる。

「君もどうかね」
「ええ、いただきます」

 希美は男にすすめられ、トレイからカクテルを選んだ。
 配膳係がにこりと笑い、女性にしては大柄な身体を曲げてお辞儀をした。近くで見ると、かなり化粧が濃い。分厚い眼鏡といい、まるで素顔を隠しているかのようだ。

「ごゆっくりどうぞー」

 逞しい後ろ姿を、希美はなんとなく目で追った。父の言葉どおり、武子の若い頃はあんな感じだったのかもしれない。

「あのメイドさん、妙だな」

 男が不思議そうな口ぶりで言った。メイドさんというのは、今の配膳係のことだ。

「さっきから、我々のそばをウロウロしてたぞ。他のメイドさんとは雰囲気が違うし、どうも気になるな……」

 うーんと唸り、太い首をひねった。

「飲み物をすすめるタイミングを見計らっていたのでは? 仕事に慣れていない様子でしたから」

 大人数のパーティーでは臨時アルバイトが雇われたりする。希美は思いついたことを口にした。

「ふむ……まあいいか。ところで、お嬢さん。申し遅れましたが、私はこういうものです」

 テーブルにグラスを置くと、男は内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚差し出した。

「あ、恐れ入ります」

 明らかに立場が上の人物が、先に自己紹介してきた。希美は恐縮しながらそれを受け取り、小さく声を上げた。

「えっ? 株式会社グラットン。代表取締役社長……」
「南村壮太と申します。どうぞよろしく!」

 ほぼ強引に握手された。グローブのように厚い手のひらは、力強さに満ちている。

「たっ、大変失礼いたしました」

 希美もバッグから名刺を取り出し、自己紹介した。焦ってしまい、舌を噛みそうになる。

「おお、ノルテフーズさんの……ほう、北城希美さんといわれると、もしかして社長のお嬢さんかな?」
「はい。北城利希の長女です。社長付第一秘書を務めております」

 噂どおりの豪快な男を前に、今さらながら膝が震えた。

(この人が、グラットンの南村社長。どうりで見たことがあると思った)

 ヒット商品を連発するグラットンの社長は、メディアにたびたび登場する。実際に会うのは初めてなので、ぴんとこなかったのだ。

「いやあ、ノルテフーズさんとは、いつかお近づきになりたいと思ってたんだ。こんなに嬉しい巡り合わせはないよ」
「は、はい。こちらこそ」

 社交辞令だろうが、好意的な空気が伝わってくる。希美は圧倒されながらも、彼の姿をあらためて観察した。
 顔も身体もごつく、噂以上の豪傑ぶり。
 この人が壮二の親戚であるはずがないと、はっきりと確信した。

「北城社長には、後ほどご挨拶させていただこう。今は中においでかな?」
「はい。でもあの、北城からご挨拶するようにいたしますので……」
「いやいや、こちらから声をかけさせてもらうよ。熊のような大男がいきなり行けば、びっくりされるだろうがね。わっははは」

 どこまでもざっくばらんな人だ。
 希美が思わず微笑むと、彼はいたずらっぽく片目をつむった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...