夫のつとめ

藤谷 郁

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彼女の正体

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「無駄だと言うのがわからんのか、この小娘!」

 友光は声を荒げ、手を振り上げた。

「きゃああっ」

 打ぶたれる刹那、希美は自分の傲慢を悔いた。
 私は壮二に愛されている。ピンチになれば、必ず彼が助けてくれる。
 でも彼はスーパーマンじゃない。もっと自分自身で考えて行動し、自衛するべきだったのに。
 壮二がこのことを知れば、死ぬほど悲しみ、苦しむに違いない。
 彼にそんな思いをさせてしまうことが、何よりも辛い。

「わあ、びっくり。こんなところに部屋がある!!」

 突然、裏返った声が部屋に響いた。
 どこかで聞いたような、でも知らないような、不思議な声音。
 ただひとつ言えるのは、ここにいる4人以外の誰かが現われたということ。

「な、何だお前は?」

 友光は狼狽し、振り上げた手を下ろす。彼の問いは、通路の出入り口に立ちはだかる"彼女"に向けられていた。

「すみませーん。おトイレの鏡がドアみたいに開いてたので、変だなあと思って中を覗いたんです。そしたら通路があるじゃないですか。どうなってるんだろうと思って中に入ったら、なぜかここに出ちゃって。もしかして、隠し通路ってやつですかあ? ていうか、何だかお取込み中だったみたい?」

 ビン底眼鏡に三つ編みの、体格のいい配膳係の女だ。興味津々の様子で、部屋の中と、4人の男女を見回している。

(まさか……)

 希美は呆然としながらも、突然、何もかもを理解することができた。

「お母様、もう大丈夫よ」
「……希美?」

 友光と幸一の意識は、いきなり出現した『彼女』に集中している。その隙に希美は、麗子の手足を縛るベルトを素早く解いた。
 心臓が早鐘を打つ。

「鏡を開けっ放しで来たのか、幸一」
「そんなはずはない。確かに閉めましたよ!」
「だったらなぜ、この女が侵入できたのだ」
「それは……」
「もういい!」

 友光はしどろもどろの息子を遮り、ベッドを下りて女へと向かっていく。
 女はきょろきょろするのを止め、その場で仁王立ちになった。メイド服の大柄な彼女は、武子を連想させる。

「見てのとおり、今は取り込み中だ。君は配膳係のようだが、アルバイトかね」
「はい。今夜限りの臨時雇用です」

 異様な場面に遭遇したにもかかわらず、彼女は落ち着いている。友光はスーツのポケットから財布を取り出すと、札束をちらつかせた。

「これは今夜のアルバイト料だ」
「はいっ?」
「欲しいなら、全部忘れなさい」

 口止め料のつもりだ。どこまでも卑劣なやり方に、希美は吐き気すら覚える。

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