夫のつとめ

藤谷 郁

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約束と条件

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「ばかな、それこそ極端すぎる」
「ほとんど最終手段だろう」

 ざわめく役員を、甲斐は落ち着いた態度で宥める。

「ですから、例えばの話です。お静かに願います」

 利希は渋面を作った。
 企業買収は彼自身が得意とするところで、それによって会社がどうなるのかよくわかっている。 
 ノルテフーズもこれまで、小さくとも優良な食品会社など吸収してきた。ただし、買収先の従業員は切らないという条件を飲んでだ。
 普通、そうはいかない。

「いかがですか、社長」

 甲斐が意見を仰ぐと、利希は首を横に振る。

「その大企業がノルテの社員をいらないと言ったらリストラと同じだ。余計に状況は悪くなる」
「では、よくよく条件を話し合ってはどうでしょう。従業員を丸ごと引き受けてくれるかもしれませんよ」

 役員達は不思議そうに首をひねった。例えばのわりに、財務部長の口調は具体性を帯びている。

「いずれにしろ、条件は大切です。きちんと話を詰めておかないと、下手をすると経営陣は総替わりになり、向こうから新社長が派遣されたりする。そうなると創業家である北城家が、経営から完全に追い出されて……」
「財務部長!」

 利希が机を叩いて立ち上がった。皆びっくりして、社長に注目する。

「君がそこまで言うとは、尋常じゃない。まるで、実現可能な"提案"のように思えるが?」

 利希はすぐ椅子に座った。血圧を心配した希美はホッとするが、別の不安に苛まれる。

「財務部長。皆の前で白状するんだな。どこぞの大企業から使いの者でも来たんだろう。経営者をすっ飛ばして、話の通りやすいそっちに行くとはずいぶん要領がいいが、失礼な相手だ。すぐに報告しなかった君もだがね」

 ぞんざいな言われ方にムッとするでもなく、甲斐は笑みを浮かべた。

「さすが、北城社長。そこまで察してくださると、かえって気が楽になります」

 胸ポケットから一通の封書を取り出した。その手もとを見つめながら、希美は考えをめぐらす。

(要するに、どこかの大企業がノルテフーズに企業買収を申し出たってことね。こんな状態のウチをまるごと買い取ろうなんて、どんな物好きなの。ううん、困ってる状態だからこそ、この機会に乗っとるつもりかもしれない。どちらにせよ、油断できない相手だわ)

「一体、どこの大企業様だ」

 皮肉混じりの問いに、甲斐は動じることなくストレートに答えた。

「株式会社グラットン。都心の一等地に本社ビルを構える、食品業界ではトップクラスの大企業です」

 会議室が静まり返る。
 社長以下役員、関係部署の社員、そして希美も茫然とした。
 財務部の人間だけが、取り澄ました顔で並んでいる。
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