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あり得ない条件
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「あなた、無理なさらないでくださいね」
声をかける麗子に、利希が微笑む。
「何も心配することはない。だが壮二、念のため希美のことを支えておいてくれ」
不思議な命令だが、壮二は素直に「はい」と返事して希美に寄り添った。
(私に関係あることなの? というか、家族だけで話したいって……)
どういうことかわからず不安になるが、父の言葉を神妙に待った。
「お母さんも壮二も、グラットンのことは聞いているな? 南村社長が、ノルテフーズを助けるため子会社にするという話を持ちかけてきた。そのための条件が、手紙に書かれていたのだ」
壮二と麗子、そして希美を見回してから、彼は手紙の内容を口にした。
「その条件とは、北城希美とグラットン社長との婚姻。つまり、政略結婚の申し入れだ」
病室がシンとなる。
今、とんでもないことを彼は言った。
「え……なんですって……希美との婚姻? あの、南村社長とですか?」
麗子が、意味がわからないというように利希に質問する。
希美もまったく、理解できなかった。
希美に寄り添う壮二も微動だにしない。彼もまた、呆然としていた。
(えっと、ちょっと待って。南村社長と私の、婚姻……? 南村社長と…………)
スキンヘッドに、口ひげを生やしたコワモテの顔。
ボッタルガのパスタを、飲みもののように食べていた。希美も驚くほどの大食漢は、顔も体格もごつくて、壮二とは正反対のタイプだった。
南村壮太の声が耳に響いてくる。
――俺は独り者だからね
――希美さんのような美しいお嬢さんと結婚したいと思ってるんだが、なかなかご縁がなくてねえ
――いやあ、お相手の男性が羨ましいなあ
「いや、でもあの人、お父様と同じくらいの年でしょ? なんでそんな、私と婚姻って……第一、私に婚約者がいると知ってるはずよ」
それなのに、なぜそんな条件をつけるのだ。あまりにもばかげている。
だから利希は卒倒したのだ。
「思うにあの男、パーティーでお前に一目惚れしたんじゃないか。だから業務提携したいとか何とか、上手いこと言って、父親の俺に近づいたんだ。そして、ノルテフーズと取引する機会を窺っていた」
一代であれほどの大企業を築いた男である。目をつけた女に婚約者がいようが、構わず奪ってしまうのかもしれない。
会社を買収するように。
「異物混入の不祥事が、またとないチャンスだ。我々が直面する経営危機という弱みにつけ込み、彼は政略的に希美を手に入れようと……」
「やめてよ! 冗談じゃないわ」
希美は耳を塞いだ。
(政略結婚ですって? ふざけんじゃないわよ、あのハゲ親父)
食の趣味が合う素晴らしい社長と思いきや、とんでもない。
希美はがっかりし、そのぶん怒りが倍増した。頭に血が上り、足もとがふらつく。
「希美さん」
倒れかけたところを、壮二が支えてくれた。頼もしい腕につかまり、希美は肝心なことを思い出す。
そうだ、私には壮二というかけがえのない男性がいる。こんなにも愛してくれる彼から、私を奪うなんて誰にもできっこない。
(あなたは、どんな時も私を守ってくれる。ね、壮二)
一途な眼差しを期待して、彼を見上げた。
「……壮二?」
どうしてか、視線を逸らされた。
いつもなら懸命に励まし、大丈夫ですよと言ってくれるのに。
彼の瞳は、感情を失っている。
「まあ、何てことでしょう。あの入道みたいな社長が希美と政略結婚!?」
麗子が取り乱し、利希にすがりついた。
「あなた、絶対にお断りしてください。会社のために娘を犠牲にするなんて、耐えられません」
「わかってる。グラットンなんぞに頼らずとも何とかなる。誠意ある仕事と地道な努力で信頼回復し、会社を立て直すんだ」
利希の言葉を聞いて、希美はとりあえず安堵する。
だが、別の不安が生まれていた。
なぜ壮二は何も言ってくれないのか。一番聞かせてほしい言葉をくれないのか。
僕があなたを守ります――と。
希美は不安なまま、彼の腕につかまっていた。
声をかける麗子に、利希が微笑む。
「何も心配することはない。だが壮二、念のため希美のことを支えておいてくれ」
不思議な命令だが、壮二は素直に「はい」と返事して希美に寄り添った。
(私に関係あることなの? というか、家族だけで話したいって……)
どういうことかわからず不安になるが、父の言葉を神妙に待った。
「お母さんも壮二も、グラットンのことは聞いているな? 南村社長が、ノルテフーズを助けるため子会社にするという話を持ちかけてきた。そのための条件が、手紙に書かれていたのだ」
壮二と麗子、そして希美を見回してから、彼は手紙の内容を口にした。
「その条件とは、北城希美とグラットン社長との婚姻。つまり、政略結婚の申し入れだ」
病室がシンとなる。
今、とんでもないことを彼は言った。
「え……なんですって……希美との婚姻? あの、南村社長とですか?」
麗子が、意味がわからないというように利希に質問する。
希美もまったく、理解できなかった。
希美に寄り添う壮二も微動だにしない。彼もまた、呆然としていた。
(えっと、ちょっと待って。南村社長と私の、婚姻……? 南村社長と…………)
スキンヘッドに、口ひげを生やしたコワモテの顔。
ボッタルガのパスタを、飲みもののように食べていた。希美も驚くほどの大食漢は、顔も体格もごつくて、壮二とは正反対のタイプだった。
南村壮太の声が耳に響いてくる。
――俺は独り者だからね
――希美さんのような美しいお嬢さんと結婚したいと思ってるんだが、なかなかご縁がなくてねえ
――いやあ、お相手の男性が羨ましいなあ
「いや、でもあの人、お父様と同じくらいの年でしょ? なんでそんな、私と婚姻って……第一、私に婚約者がいると知ってるはずよ」
それなのに、なぜそんな条件をつけるのだ。あまりにもばかげている。
だから利希は卒倒したのだ。
「思うにあの男、パーティーでお前に一目惚れしたんじゃないか。だから業務提携したいとか何とか、上手いこと言って、父親の俺に近づいたんだ。そして、ノルテフーズと取引する機会を窺っていた」
一代であれほどの大企業を築いた男である。目をつけた女に婚約者がいようが、構わず奪ってしまうのかもしれない。
会社を買収するように。
「異物混入の不祥事が、またとないチャンスだ。我々が直面する経営危機という弱みにつけ込み、彼は政略的に希美を手に入れようと……」
「やめてよ! 冗談じゃないわ」
希美は耳を塞いだ。
(政略結婚ですって? ふざけんじゃないわよ、あのハゲ親父)
食の趣味が合う素晴らしい社長と思いきや、とんでもない。
希美はがっかりし、そのぶん怒りが倍増した。頭に血が上り、足もとがふらつく。
「希美さん」
倒れかけたところを、壮二が支えてくれた。頼もしい腕につかまり、希美は肝心なことを思い出す。
そうだ、私には壮二というかけがえのない男性がいる。こんなにも愛してくれる彼から、私を奪うなんて誰にもできっこない。
(あなたは、どんな時も私を守ってくれる。ね、壮二)
一途な眼差しを期待して、彼を見上げた。
「……壮二?」
どうしてか、視線を逸らされた。
いつもなら懸命に励まし、大丈夫ですよと言ってくれるのに。
彼の瞳は、感情を失っている。
「まあ、何てことでしょう。あの入道みたいな社長が希美と政略結婚!?」
麗子が取り乱し、利希にすがりついた。
「あなた、絶対にお断りしてください。会社のために娘を犠牲にするなんて、耐えられません」
「わかってる。グラットンなんぞに頼らずとも何とかなる。誠意ある仕事と地道な努力で信頼回復し、会社を立て直すんだ」
利希の言葉を聞いて、希美はとりあえず安堵する。
だが、別の不安が生まれていた。
なぜ壮二は何も言ってくれないのか。一番聞かせてほしい言葉をくれないのか。
僕があなたを守ります――と。
希美は不安なまま、彼の腕につかまっていた。
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