夫のつとめ

藤谷 郁

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カリスマ社長

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 株式会社グラットンの本社ビルはビジネス街の中心部にある。
 3年前に竣工したというその建物は、いかにもオフィスビルという造りではない。新時代をリードするカリスマ企業としてのこだわりが感じられた。

 フロアごとにイメージカラーを統一し、インテリアもシンプルかつ機能的なデザインが施されている。オフィスではなく、アートイベントにでも来たのかと錯覚しそうだった。

 グラットンの企業力に圧倒されつつ、希美は剣持けんもちの案内で上階用エレベーターに乗り込む。

「北城様のご来社を、社長はとても喜んでおります。さあ、どうぞ」

 一見大学生のようなこの若い男が、先ほど電話で話した社長秘書である。
 若くても実力があればのし上がれる社風のようだ。

 剣持は顔認証のあと、暗証番号を入力してから、重役室フロアを指定した。

「2階から5階フロアは商業施設です。グラットンの調味料を使った料理を提供する、エスニック食堂が人気ですね」
「エスニック食堂?」
「はい。調理するのはプロの料理人ですが、家庭でも再現可能なレシピを紹介しています。家庭の主婦からグルメ評論家まで、客層は様々ですよ」

 香辛料を使った料理は大好物だ。希美は一瞬状況を忘れ、ぜひ味わってみたいと思った。

「企業努力を感じるわ。アイデアを実現させるシステムができているのでしょうね」

 それが強引な手法だとしても、感心せざるを得ない。先進的な空気と活力が、ビル全体に漲っている。

「グラットンが企業として成功したのは、すべて社長のアイデアのおかげです。あの方の発想が、ヒット商品を次々に生み出すもとになりました」

 剣持はやや興奮気味に語る。どうやら南村壮太は、社員にとって憧れの存在らしい。

「北城さん。本当に、私どもの社長は素晴らしいお方です!」
「……え、ええ」

 希美は内心首を傾げる。確かにすごい経営者だと思うが、社員がここまで褒め上げるのはどうなんだろう。
 希美が南村社長と結婚すれば身内だが、今はまだ他社の人間である。

 希美は剣持とともにエレベーターを降りて、カーペットが敷かれた通路を奥へと進んだ。
 広々としたロビーに出ると、正面に両開きのドアがあり、その前のカウンターに、スーツを着た女性が二人座っている。
 彼女たちは希美の姿を見ると立ち上がり、深々とお辞儀をした。

「このドアの向こうが、社長室です」

 希美は武者震いした。
 まさに、敵の本陣に乗り込む気分である。

(よし、行くわよ。南村社長のペースに巻き込まれないよう、きっちり話をしなくちゃ)

「あのう、北城さん」

 受付の女性とやり取りした剣持が、ちょっと申しわけなさそうな顔で告げた。

「社長は3分ほど遅れて参ります。中のソファでお掛けになって、お待ちくださいとのことです」

 意気込んでいた希美は、それを聞いて拍子抜けする。てっきり、中で待ち構えているものと思っていた。

(まあ、いいわ。大企業の社長様はお忙しいでしょうから)

 小さく息をつくと、剣持に向き直った。

「剣持さん。ここまで案内してくださり、ありがとうございました」
「いえいえ、これが私の役目ですから」

 お礼を言われて、彼は少し赤らんでいる。しっかり者の秘書だが、照れた表情には若者らしい素直さがあった。

「さあどうぞ、お入りください」

 パネルを操作し、剣持が社長室のドアを開けた。
 希美は緩みかけた気を引き締め、本陣へと乗り込む。
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