夫のつとめ

藤谷 郁

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引越しのバイト

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 南村壮二は大学で経済学を学び、卒業後は株式会社グラットンに入社する――はずだった。

 順風満帆に見えた人生が思いがけない嵐に襲われたのは、彼が大学生になって間もなくの頃。両親が営む食堂『南風』が、営業不振により潰れてしまったのだ。



 入学2か月目の夕暮れ、店が潰れたと聞いて、壮二は大学近くのアパートから慌てて飛んできた。テーブルや椅子を撤去した暗い店の中で、彼は久しぶりに両親と向き合う。

「L大学のキャンパスが移転して学生が来なくなっただろ? その上、駅前にファミリーレストランがオープンしてな、客を取られてしまった。あっという間だったよ」

 客が減ることはあるていど計算したが、これほどのダメージを食らうとは。両親は、経営状態について息子に知らせていなかった。

「学費のほうは心配するな。奨学金を増額してもらって、足りなければ父さんが何とかする」
「でも、父さんたちだって大変なのに……」

 閉店の後始末で金がかかり、次の商売を始めるにしても借金が必要だ。それくらい、学生の壮二にも想像できる。息子を大学に行かせるために、両親は無理をする気だ。

「大学をやめて、働こうかな」
「バカ言うんじゃない。お前は何も心配せず、勉強を続ければいい」
「でも……」

 その時、表に車の音がした。店の引き戸を開けて、誰かが勢いよく入ってきた。

「おい、店が潰れたって? なんで早く連絡しないんだ!」

 南村壮太だった。髭をたくわえたコワモテに、汗を浮かべている。

「壮二の学費と生活費は俺に任せろ。新しい商売の準備金だって工面するぞ」

 壮太は胸をどんと叩くが、仙一は首を横に振る。

「そう言うと思って、お前に連絡しなかったんだ」
「どうしてだよ。銀行に借りるのも俺に借りるのも同じだろ? あとで返せばいいんだ」
「壮太。お前の気性はよくわかってる。少なくとも、壮二の学費はポケットマネーから出すつもりだろ? 返そうとしても、受け取るつもりはない」
「……な、何言ってんだ。きっちり返してもらうさ」

 彼は正直だった。仙一に睨まれ、目を泳がせている。

「友達に金を恵んでもらうほど落ちぶれちゃいない。帰ってくれ」

 仙一は物腰穏やかな人間だが、意外に頑固だった。壮太もそれをわかっているので、無理強いはできない。

「しょうがないな。だが、無理はするなよ。何かあればすぐ俺に相談してくれ」
「……ああ」

 頑固親父の傍らで大人しくする母と息子に、壮太は肩をすくめてみせた。

「壮二、これからアパートに帰るのか? ついでだから送ってやろう」
「あ、うん……ありがとう、壮太さん」

 両親は心配だが、今の自分にできることはない。壮二は無力感に苛まれながら、壮太のあとについて実家を後にした。


 ベンツの後部席から故郷の街並みを眺めていると、隣に座る壮太が声をかけた。

「お前の親父さんも頑固者で困るよ。無理するなと言っても、絶対無理するに決まってる」
「……」

 壮二も同感だった。
 無理して倒れでもしたら元も子もない。この先一体どうなるのか、不安でたまらなかった。

「あのな、壮二。お前の大学にかかる費用は俺が負担する。親父さんは俺が説得するから、何も心配せず勉強に集中すればいいぞ」
「……はあ」

 壮太の申し出はありがたいが、何となくすっきりしない。大学卒業後はグラットンに就職予定だし、壮太に頼りっぱなしでいいのだろうか。

 壮二は考え込み、アパートに着くまで無言だった。
 別れ際、壮太に「どんな小さなことでも相談しろ」と念を押された。一応うなずいたものの、やはり壮二はすっきりしなかった。

「とりあえずバイトしよう。生活費くらい、自分で稼がなきゃ」

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