夫のつとめ

藤谷 郁

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女神降臨

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 女神降臨――

 かつてないほどの感動に襲われ、壮二は胸を震わせる。全身が燃えるように熱い。耳も首筋も真っ赤に染め上げられた。

(な……なんてきれいな女性ひとだ)

 輝くばかりの白い肌に、ばら色の唇。華やかな美貌でありながら、屈託のない笑顔が気取らない魅力を感じさせる。
 タイトなシャツと細身のデニムが、彼女が完璧なプロポーションであるのを教えていた。

「おいおい、どうした壮二。もしかして、希美さんに見惚れてるのか」
「ええっ?」

 池田に肩を揺すぶられ、我に返る。

「いや、そんな……僕は別に……」

 帽子を深くかぶり、顔を隠した。しかし首筋が赤いので、バレバレである。
 壮二が慌てる様子を見て、池田は楽しげに笑った。

「いやあ、無理もないぜ。希美お嬢様は美人でスタイル抜群。男だったら誰でも釘付けになるだろうよ。事実、大学でもモテモテらしいからな」
「そ、そうでしょうね」

 ドキドキする胸を意識しながら、壮二はうなずく。こんなことは初めてだった。

 壮二がもう一度門扉を見やると、彼女の姿はなかった。

(ああ……行ってしまった)

 武子が戻って来て伝票にサインするのを、落胆の表情で眺める。もう二度と会えないのだろうか。

「武子、明日は休みだったな」
「そうそう。今夜は家に帰るから、久しぶりにすき焼きでもやろうかと思って」
「いいねえ。材料は俺が買っておくぜ」
「あら、ありがとう。そうしてもらえると助かる……」

 池田と話していた武子は、ふと思いついたように壮二に見向く。

「あんたも来るかい? すき焼きは人数の多いほうが作りがいがあるし、楽しいだろ」
「えっ……僕、ですか?」

 急な誘いに目を丸くするが、池田は「そりゃあ、いい」と賛成する。

「でも、ご迷惑では」
「いいって、いいって。武子も俺も、若いもんと飯食うのが好きなんだよ。それに、お前ちょっと痩せすぎだからな」

 池田は武子と目を合わせ、頷き合っている。壮二はようやく、彼らの親切の理由がわかった。貧乏学生に栄養をとらせたいのだ。

「アパートで一人暮らしだろ。ちゃんと食ってるのか?」

「はい。一応、自炊してるので」

 自分では標準体型のつもりだが、彼らに比べたら頼りなく見えるのだろう。

「無理強いはしないけどね、良かったらおいで。おっといけない、のんびりしてる場合じゃないんだ」

 武子は急ぎ足で屋敷に入って行く。これから、あのお嬢様が所望したおやつを作るのだろう。

「……本当に、ご迷惑じゃありませんか?」

 壮二は真面目な顔で、池田に訊いた。

「ああ、遠慮するな。ウチは会社の若いやつをしょっちゅう誘ってるし、全然構わないぜ」
「それなら、おじゃまします」
「よし、決まり」

 知り合ったばかりの人にご馳走してもらうなんて、図々しいかもしれない。
 それでも壮二は、彼女との縁を繋ぎたかった。

 北城希美――

 初めて恋した人の名を、胸で繰り返した。
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