夫のつとめ

藤谷 郁

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運命の瞬間

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「ゴホン……それにしても、かなり遠回りなやり方だな。壮二が理想のタイプになった時点で、お前が希美さんに紹介すれば早いし、確実だろうに」

 寛人の提案に、武子はダメダメと手を振る。

「そんなのは安易だよ。理想的な状態になった壮二を、お嬢様自身に見つけてもらわなければ意味がないのさ。お嬢様の結婚なんだから」

 結婚――

 何とも魅惑的な響きだった。
 壮二は北城希美の夫になるという、奇跡のような未来を思い描く。

(いや、夢でも奇跡でもない。僕は彼女を、必ず手に入れる……)
 
「アタシは最低限のフォローしかしないよ」
「承知しています」

 ガチンコ勝負に挑む二人を見て、寛人はもう何も言わなかった。

「さて、そうと決まったら、あんたにひとつ約束してもらわなきゃね」
「何でしょうか」
「大事なことだから、よーくお聞き」

 武子はボキボキと指を鳴らす。逆らうことは許さないという雰囲気で迫ってくる。

「希美お嬢様はアタシの命。中途半端な気持ちで関わったりすれば……どうなるのかわかってるだろうね」
「……」


 お前をコロス――


 と言われるのだと思った。しかし彼女は、

「あんたの童貞は、アタシがもらうことになる」
「はっ、はい……ええっ!?」

 うろたえる壮二を見て、寛人が爆笑した。自分の女房がとんでもないことを口走ったのに、腹を抱え笑っている。

「な、言ったろ壮二。お前は武子の好きなタイプだって」
「えっ、でも……タイプって……」

 武子の目つきが、ちょっといやらしく感じられる。壮二は別の意味で緊張してきた。

「ちゅっ、中途半端なことはしません。僕の童貞は希美さんのものですから!」

 大真面目な返事に、ガチマッチョ二人は同時に噴き出す。
 ひとしきり笑ったあと、武子は目尻の涙を拭いながら、しんみりとつぶやいた。

「お嬢様に必要なものは、純粋な愛。旦那様と奥様がけんかなさるたび、悲しい思いをされてきた。アタシでは埋めることができない心の寂しさを、あんたなら包んであげられる気がするんだ」
「武子さん……」

 希美の結婚観には、家族の問題が影響している。壮二は文集を読んで何となく想像したのだが、武子の今の言葉で確信できた。
 女神の思わぬ弱さは、壮二の保護欲を呼び覚ます。

「頑張りなよ、壮二。あんたはこのアタシの眼鏡にかなった初めての男なんだ。想いを貫いて、お嬢様をめいっぱい愛しておくれ」
「はいっ、武子さん!」

 あの人を守りたい。守れる男になると、壮二は自分に誓った。
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