フローライト

藤谷 郁

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24歳の午後

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12月半ばの日曜日。

冷たい雨が降っている。夕方には雪に変わるという予報が示すとおり、とても寒い。

彩子は一昨日の夜、智子に電話した。智子のお相手がどんな人なのか、訊いてみたくなったからだ。


『それなら日曜日に会おうよ。N駅で待ち合わせない? 広場の巨大クリスマスツリーも見たいし』


智子が弾んだ声で提案し、彩子も喜んで約束した。



「うう……冷えるなあ。風邪を引いちゃいそう」


彩子はアンゴラのコートを羽織ると、思い切って玄関を出た。


「それにしても、クリスマスツリーか……」


普段は大人っぽい智子だが、クリスマスになると、まるで子どものようにはしゃぐ。高校時代と変わらない彼女に、彩子は微笑ましさを覚える。

智子の家は父親が早くに亡くなり、彼女は母親と幼い妹と力を合わせ生活してきた。お金に苦労したという事情がある。

そんな中、毎年クリスマスには親子三人で街に出かけ、レストランで食事して、駅前広場の大きなクリスマスツリーを眺める。

それがとても幸せな思い出になっていると聞いた。


「おばさんも真子まこちゃんも、元気してるかな」


N駅に向かう電車に揺られながら、彩子は智子の母と妹の姿を、懐かしく思い出すのだった。



待ち合わせ時刻は午後1時。

日曜日だけあって、N駅のコンコースは大勢の人々が行き交い、混雑している。年の瀬が近いためか、慌しい雰囲気だ。

ツリーの下に立っていると、1時ちょうどに智子が現れた。

長身にロングコートが良く似合う。姿勢よく、まっすぐに歩いて来る彼女はファッションモデルのようだ。

友人のまとう華やかな雰囲気に、彩子は圧倒される。


「うわあ。今年も立派だねー!」


智子はツリーを見上げると、その大きさと、煌びやかなオーナメントに感歎した。


「今でもツリーが大好きなんだね」

「もちろん。これを見ないとクリスマスじゃないって感じ」


二人はひとしきり笑い合うと、馴染みの喫茶店へと向かった。


暖房の効いた店に入り、彩子はほうっと息をつく。ピアノ曲が流れる落ち着いた喫茶店は、街のざわめきと隔てられている。

二人はテーブル席につき、温かい飲み物を注文した。


「外は冷えるよね。彩子は寒さに弱いから、今日はやめようかなって思ったんだけど」

「大丈夫だよ。カイロちゃんがあるから」

「あ、カイロちゃんね」


智子はニヤリとした。彼女は、彩子の初恋話を知っている。



「それでは、例の話を聞かせてもらおうかな」

「取調べみたいね」


つい前のめりになる彩子に、智子がクスクス笑う。彼女はバッグからスマートフォンを取り出すと、ささっと操作してテーブルに置いた。

写真アプリの画面に、無精ひげを蓄えたTシャツ姿の男性が写っている。精悍な顔つきで体格も良い。いかにも頑健そうな、スポーツマンタイプだ。


「何かやってる人?」

「彩子の好きな野球。甲子園に出場したこともあるのよ。一回戦で敗退だけど」

「へえ」


甲子園と聞いて、何だか別世界の人のようだと思いつつ写真を見直す。


「年はいくつだっけ?」

「三つ年上の28歳。あ、名前は後藤ごとう怜人れいとっていうの」

「れいと…さん」


飲み物が運ばれてきたので、二人は一旦写真から離れた。


「えっとね、私の勤め先の野球チームが、彼の会社のチームと試合したの。私は応援に行ってたんだけど、その時に……」

「ひと目惚れされたんだね」


彩子は即座に納得した。

もしも自分が男で、その場にいれば、智子に目が留まっただろう。


「それにしても、いい体格してるね。背はどれぐらい?」

「確か、185だよ」

「智子と並ぶと、ちょうといい感じだね、うん」


彩子の頭に、ウエディングドレスの智子とタキシードの彼が浮かんだ。二人が並ぶ姿を想像すれば、とてもよく似合っている。


「おめでとう、智子。最高のクリスマスだね」

「ふふっ、ありがと」

「結婚式、楽しみにしてる」


彩子は心の底から嬉しかった。

輝く街の明かりすべてが、智子を祝福している。彼女のまとう華やかさは、幸せのオーラなのだ。


(怜人、このシアワセ者!)


画面に映るのは、世界一幸運な男。そして、智子を幸せにしてくれた彼に、心から感謝した。




夕方――家路につくころ、雨がみぞれに変わった。

彩子はとぼとぼ歩きながら、寒さに肩をすぼめる自分が何となく惨めに思えた。でも、これまでにない希望も抱いている。

友人の幸せは、宝石のかけらを持たせてくれたようだ。

彩子の胸に、蛍石ほたるいしのイメージが浮かんでいた。

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