フローライト

藤谷 郁

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イブのお見合い

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翌朝。朝食の席で、母が彩子にあれこれと質問してきた。

今朝に限って父と真二が揃って食卓に付き、箸を止めたまま母子の会話に聞き耳を立てている。

彩子はいたたまれず、早めに出勤した。


会社に着いてもそわそわして、ちっとも落ち着かない。

浮き足立ったまま一日を過ごし、終業後はまっすぐ帰る気にならず、いつものコーヒースタンドに立ち寄ることにした。

誰かに相談したくてたまらない。そして、心が落ち着くような言葉を与えてほしいと、切実に願っている。


(智子にメールしてみようか)


高校時代、悩みごとがあるとすぐ彼女に相談したものだ。

迷った挙句、スマートフォンを取り出してメッセージを送った。


<相談したい事があります。時間あるかな? もしよければ会って話したいです>


コーヒーをふた口飲むうちに着信音が鳴り、彩子は慌てる。

驚くほど早い返信だ。


<彩子に相談されるのも久しぶりだね。もちろんOKだよ。そういえば、雪村達も会いたがっています。皆も一緒に会う? それとも二人きりがいいかな>


皆というのは、智子が結婚式に招待するソフトボール部の仲間だ。

まりとエリ、そして雪村。

懐かしさが胸にこみ上げてくる。なんだかとても嬉しくなって、返信した。


<私も、皆に会いたい!>


智子はすぐに連絡を取ってくれた。

今年最後の土曜日に、食事会を開くことに決まる。


「嬉しい。楽しみ!」


旧友に会える喜びと、かつてない感情が混ぜこぜになり、彩子の胸はパンク寸前。

でも、家路につく足取りは軽やかだった。

未知の何かが始まる。

そんな予感がして、彩子の心と体はどうしようもないほど高揚していた。





「うわ~、スッゴイ久しぶりだよね~! 彩子お、元気だった?」


待ち合わせの店にやってきた彩子を見つけて歓声を上げるのは、山田まり。リボンベルトのピンクワンピースに身を包んでいる。


「相変わらずカワイイなあ」


思わず彩子も声が高くなる。

既に席に着いていた雪村と智子も、笑顔で出迎えた。

ここはN駅近くのホテル内にある和食レストラン『黒潮』――交通の便がよく、皆が集まりやすい位置にあるため、再会の場に決まった。


「あれっ? エリはまだ来てないの?」


キョロキョロする彩子の背中を、誰かがポンと叩く。振り向くと、長身のエリが覗き込み、にんまりと笑った。


「エリ!」

「喫煙室で一服してた」



12月最後の土曜日。

元ソフトボール部の仲間達は何年ぶりかの再会を果たした。

高校時代そのままの空気感。何年も会っていないことなど忘れてしまいそうに、会話も弾む。

でも、それぞれ少しずつ大人で、そして、すごくきれいになっている。彩子は懐かしさに感激しながら、皆のまばゆさに目を細めた。


まずはビールで乾杯。アルコールに弱い彩子とまりはひと口だけ飲んで、あとはウーロン茶にする。

続いて運ばれてきたのは、女子会向けのコース料理だ。旬の食材を使った、適度なボリュームのメニューである。

大皿も小皿も次々と空にしながら、わいわいとお喋りした。

ソフトボール部の話題が出ると、ますます盛り上がってくる。県大会で誰がヒットを打った、バントに失敗した……などなど。

特に雪村が事細かに覚えていて、皆を驚嘆させた。


「さすがキャッチャーだね、雪村」


智子が感心して言うと、


「そりゃあね、決勝戦は絶対勝つつもりだったからさ。すごく印象に残ってるんだよ」

「高校最後の試合だったもんね」


皆、遠い目をした。今はもう遠い思い出の、18歳の夏……

その時その時、なんにでも一生懸命すぎて、いっぱいいっぱいだったあの頃。


コース料理が終わり、話も一区切りついたところで、ホテル内の喫茶店に移動した。

智子は酔ったようで、顔が真っ赤だ。彩子はふらつく彼女を心配して、肩を貸した。

一方、かなり日本酒をあけたはずの雪村とエリは素面も同然。彩子はまりと一緒に、彼女達の酒豪ぶりに感心した。

喫茶店に入り各々注文を済ませると、智子が彩子の耳元で囁いた。


「ねえねえ、相談の件だけど、皆に聞いてもらおっか?」

「え……」


囁くと言っても地声の大きな智子である。皆に丸聞こえだ。


「相談って?」

「なになに、何の話よ?」


まりとエリがきょろきょろする横で、雪村がずばりと言い当てた。


「男だな」


彩子はウッと言葉に詰まり、彼女を見返す。


「大当たり。でも彩子、この前の電話では彼氏はいないって言ってたよな。見合いでもしたか」


本当にいい勘をしている。こうなったら素直に頷くしかない。


「男! 彩子が男と付き合ってるの!?」


いつもクールなエリが、テーブルに身を乗り出す。


「ええ~、じゃあ彼氏がいないの私だけえ?」


まりはいじけたように指をくわえた。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


皆の反応に彩子は狼狽するが、智子は楽しそうに笑っている。こうなることを予測して、わざと大きな声で言ったのかもしれない。


(もう、智子ったら~!)


彩子は肘鉄をくらわすが、酔っ払いには全然きかず、かえって嬉しそうな様子だ。


「大丈夫よ! ここにいる皆を誰だと思ってるの。あんたの親友、盟友、仲間達よ。何でも言ってみなさい、さあさあ」


なにごともハッキリさせたいエリが、相談の内容を催促する。楽しんでいるように見えるのは、やはりお酒のせいだろうか。

だが、エリのいうとおり、この四人なら信用できる。

意を決して、今の状況を話してみることにした。
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