フローライト

藤谷 郁

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美しいひと

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1月5日月曜日の朝、エリが彩子の家まで迎えにきた。

今日は二人で、雪村律子の交際相手がどんな男性なのか確かめに行くのだ。


「高柳町2丁目3-33、アクセサリー工房、コレー」


エリがカーナビゲーションで目的地を設定し、彩子はそれを助手席で見守りながら、ソワソワする。


「雪村、怒るかなあ」

「今さら何言ってるの。絶対見に行くわよ。彩子が言い出したんだからね」


エリはシートベルトを締めると、車を即座に発進させた。


「雪村の相手がまともな男ならそれでいいのよ」


鋭く目を光らせるエリに、彩子はそれ以上何も言えなかった。


「ところで、どうなの彩子の方は。え~と、原田良樹さんだっけ?」

「うん、付き合うことに決めた」

「えっ、ホントに。やったわね! じゃあ、もう結婚ってこと?」

「ならいいけど」

「うわあ~、智子に続いて彩子もかあ。凄いわ」


彩子に実感はないのだが、状況的に見るとそうなる可能性は高い。


「やっぱり、お見合いって上手くいくと展開が早いよね」


エリの言うとおりだと思う。ついこの間まで恋愛も結婚も遠い話だと思っていたのに、早いといえば早すぎる展開だ。


「あ、そう言えばね」


彩子は先日のドライブデートでの会話を思い出す。


「原田さん、『コレー』を知ってたよ」

「うそ、マジで?」

「Koreの読み方を教えてくれたの、原田さんなんだ」

「世間って狭いわ……」


エリのつぶやきに、彩子も同感する。

30分ほど走ると、冬枯れの林が広がる公園が見えてきた。

東側にレンガ塀の建物があり、木製の素朴な看板に「アクセサリー工房&カフェ Kore」と、白いペンキで書かれている。

間違いなく、ここが目的の場所だ。


エリは車を駐車場にとめると、彩子を促しつつ先に立って歩いた。


「さ、行くわよ」

「待って、エリ。ちょっと……」


さっさと歩いて行く彼女を追いかけ、コートの端をつまんだ。


「なによ」

「ねえ、雪村の恋人ってお店の人なの? それとも会員?」


エリは彩子と向き合い、その基本的な問いに答える。


「思うに、雪村が身に着けていたクロスペンダントは、彼からの贈り物ね」

「うん」

「しかも、あれだけの細工が出来る腕のいい職人。技術のある人。そして、店のロゴが入ってる。そうなると、絞り込めると思わない?」


彩子は、さすがエリだと感心する。

そして、何も考えずに来た自分が恥ずかしくなった。


「雪村の恋人は、ここにいるわ」


エリは再び歩き出した。


(もしかしたら、原田さんの知り合いだというオーナーが、雪村の恋人かもしれない……)


彩子は胸がドキドキしてきた。



店に入ると、そこはカフェだった。コーヒーのいい香りがする。

カウンター席と大小のテーブル席が並んでいる。天井が高く、外観の印象より広く感じられた。

見ると、店の奥に扉があり「STUDIO」という札が下がっている。扉の向こうはアクセサリー工房のようだ。

二人はとりあえず、お茶をいただくことにした。

カフェスペースの客は、カップルと親子連れ、そして白髪頭の男性が一人。男性は新聞をテーブルに広げ、うたた寝している。


「彩子、こっちこっち」


エリがディスプレイされたアクセサリーの前で手招きする。彩子は近付き、それらに見入った。

シルバーや天然石のリング、ペンダント、ピアス……どれもとても綺麗だ。

各々に値札が付いている。


「お客さま、アクセサリーに興味がおありですか?」


コーヒーを運んできた店員が、二人に声をかけた。

彩子は振り向き、


「はい。どれもとても綺麗で、見とれちゃいました……」


そう言いかけて言葉を失う。

これほど美しい女性ひとを見るのは初めてだった。

肌理細やかな白い肌。黒目がちの大きな目は吸い込まれるよう。艶やかな髪はきちんと結い上げられ、清潔な色香を漂わせている。


「あの、どうかされましたか?」


微笑む顔も、輝くようにきれいだ。

エリはボーッとしている彩子を押しのけた。


「そうなんです、私達アクセサリーに興味があって、できれば工房を見学したいのですが」


美しい店員はこころよく承諾する。


「体験もできますよ。お時間があれば挑戦してみてくださいね」


親切に言い置き、カウンター内へと戻っていった。



「綺麗な人だなあ」


カップを手にため息をつく彩子を、エリがしらけたように見てくる。そして、テーブルの上にかぶさり、顔を近付けた。


「あのね、彩子。あんたってば本っ当に、単純なのよね」

「ど、どうして?」

「あの手の女を私は何人も知ってるわ。しれっとして人を騙すタイプよ」

「ええっ?」


彩子にはさっぱり理解できない見解だ。


「なんでそう思うの?」

「勘よ」

「……」


エリは四大卒業後、女性向け製品を扱う業界大手の企業に就職した。

研修後に配属された企画開発の部署には、製品の性質上女性社員が多く、仕事の競争も激しかったらしい。

今でこそ若手ながら部下が付くほどの立場になったエリだが、当初は愚かしい足の引っ張り合いや、卑劣な罠を仕掛ける人間も存在し、大変だったとのこと。

先日の食事会にて、暗く述懐していた。

毎日が戦争の女社会を生き抜いてきた彼女は、人間……ことに女性の本質を見抜く目を備えているのだ。


「私の勘はね、過去のデータに裏打ちされてるの。根拠のないものではなく、れっきとした統計学よ」


エリは切れ長の目で彩子を睨みつけるが、なぜか「ふっ」と笑いを漏らし、座り直した。


「あんたって、ほんとに童顔ねえ。気が抜けるわ」

「ううっ……」


彩子はふと、ウサギ形の棒付きキャンディを思い出す。実際、エリの言うとおりなのだ。


「さてと、それじゃいくわよ」


エリは立ち上がり、先ほどの美しい店員に声をかけた。


「あの~、工房の見学をさせてもらえますか。今日は時間がないので、体験は無理なのですが」


ついさっきまでの辛らつさはどこへ……彩子が見上げると、エリの肘がすかさず脇腹を突く。

なるほど、ここからが大事なのだ。目的を果たすために私情は禁物である。
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