41 / 82
交叉する人々
5
しおりを挟む
『雪村はすぐ、その二人が私達だって見当がついたらしいわ』
「そっか……雪村って、勘がいいもんね」
もしかしたら、友人がスパイに来るのを予測したのかもしれない。だからこそ、すぐに見当がついたのだ。
『でね、そんなに気になるなら紹介してやるから来いって、雪村が言うのよ』
「えっ、紹介するって、雪村の彼氏を?」
彩子は驚いた。
と言うことは、別に秘密の交際ではなかったのだ。
「そうなんだ。それなら、ぜひ会いたいね。雪村が付き合ってる……」
『カラダの相性が抜群だって男にね』
「うっ、うん……」
『彩子、明日は暇?』
思い立ったらエリは速攻である。
「えっと、明日は予定ないよ」
『ふうん。原田さんは?」
「明日は日曜出勤だって」
『なら大丈夫ね。じゃ、明日10時に迎えに行くわ。いい?』
「分かった。待ってる」
『よし、決まり。それじゃよろしくね、おやすみ』
「お、おやすみ」
嵐のようなエリの電話が切れたと思ったら、すぐに着信音が鳴る。
今度は智子からだ。
「もしもし」
『彩子、昼間はデート中にごめんね。今、大丈夫?』
「うん、もう家にいるから」
『良かった。ねえ、もしかしてまた何か悩んでる? 私に話したいことがあるんでしょ』
さすが親友、私のことを良くわかっている――
「ありがとう、智子。悩んでたけど、何とかなりそうだから、もう大丈夫」
『そっか。本当に大丈夫なのね』
「うん、何かあったらまた相談するよ」
『よし。それじゃ、昼間言ってた草野球の件だけど』
智子は思い切ったように、彩子に告げた。
『佐伯諒一君が来るわよ』
一瞬、何の話かと思った。
「佐伯君って……カイロ君?」
『そう、あんたの初恋の男の子が、怜人のチームに助っ人に来るのよ!』
「ど、どうして」
彩子は話についていけない。
『もうほんと、地元にいると関わっちゃうものなのね~。怜人があちこちの地元の知り合いに電話して、足の速い人を探してたのよ。そしたら、複数の人が佐伯君を推薦するわけ。結構有名なのね、彼』
早口で喋る智子の声を聞きながら、彩子は遠い日を思い出す。
中学校のグラウンドで見た佐伯諒一のスチール。
素晴らしく速い足。速いだけでなく、投手の癖を盗んで走る観察眼のよさ、離塁のタイミングもばっちりで、センス抜群だった。
「佐伯君、地元に居たんだ……」
ちょっと意外だった。中学を卒業してから、噂にも聞かなかったのだから。
『怜人が言うには、地元に戻ったのは最近みたいよ』
「そうなんだ」
彩子はそわそわしてきた。佐伯諒一がどんな男性になっているのか想像できない。何しろ、10年の月日が流れている。
『それで、大丈夫かなと思って』
「何が?」
智子は少し言いよどんだ。
『いや、だって……原田さんが来たら、気まずいんじゃない? あんたの初恋の彼と顔を合わせるのは』
「ええっ、まさか。だって、佐伯君のことは昔の話だよ。それに付き合ってたわけじゃなし」
『そうかなあ?』
「大丈夫だよ。全然気にしないと思うよ? もちろん、私も佐伯君も」
『なるほどね……まあ、一応わかったわ。何とか大丈夫そうね』
智子はふうっと息をつく。変なことを気にするんだなと、彩子は首を傾げた。
『それじゃ、試合の場所と時間を後でメールするね。原田さんにも伝えてくれる?』
「了解」
『頼んだわよ。では、おやすみなさーい』
「おやすみなさい」
彩子はスマートフォンをサイドテーブルに置き、ベッドに入った。明かりを消しても、なかなか寝付けない。
(佐伯君、か……)
くるっとした可愛い目。少年の彼が思い出されて仕方なかった。
日曜日。今日は雨が降っている。
(外は寒そうだなあ)
窓の景色を見ながら、彩子はぶるっと震えた。なんだか寒気がする。こんな日は気をつけないと、風邪を引いてしまいそう。
10時少し前に、エリが車で迎えにきた。
彩子は助手席に乗り込み、彼女と目を合わせると気まずそうに笑った。
「雪村に謝らなきゃね」
彩子の言葉に、エリも同意する。
「そうね。私達、少し姑息だったわ」
コレーに着く頃、雨はますます激しくなっていた。
二人は車から降りると、傘を差さずに走る。下手に傘など使うと、開けたり閉じたりする間にずぶぬれになってしまいそうだ。
扉を開けると、カフェのカウンター席で雪村が待っていた。黒いセーターにレザーのスカートを合わせ、胸元にはクロスペンダントが煌いている。
「探偵さんのお着きだ」
いきなり皮肉をかまされ、彩子もエリも苦笑するのみ。
カウンター内で、あの美貌のオーナーが楽しそうに笑っている。
「雪村……コソコソ調べたりして本当にごめん。許して」
彩子は頭を下げて率直に詫びた。
「私もごめん。らしくなかった。直接あんたに聞けばよかったのに。勘弁してください」
エリも素直に謝った。雪村は大きく息をつくと、
「いいよ、もう。一応、心配してくれたんだろ」
雪村の笑顔を見て、ようやく彩子とエリは安堵し、胸を撫で下ろすことができた。
「コーヒーはいかがですか」
オーナーの美那子がすすめると、「じゃ、三人分」と雪村が言いかけて、彩子達に見向く。
「そっか……雪村って、勘がいいもんね」
もしかしたら、友人がスパイに来るのを予測したのかもしれない。だからこそ、すぐに見当がついたのだ。
『でね、そんなに気になるなら紹介してやるから来いって、雪村が言うのよ』
「えっ、紹介するって、雪村の彼氏を?」
彩子は驚いた。
と言うことは、別に秘密の交際ではなかったのだ。
「そうなんだ。それなら、ぜひ会いたいね。雪村が付き合ってる……」
『カラダの相性が抜群だって男にね』
「うっ、うん……」
『彩子、明日は暇?』
思い立ったらエリは速攻である。
「えっと、明日は予定ないよ」
『ふうん。原田さんは?」
「明日は日曜出勤だって」
『なら大丈夫ね。じゃ、明日10時に迎えに行くわ。いい?』
「分かった。待ってる」
『よし、決まり。それじゃよろしくね、おやすみ』
「お、おやすみ」
嵐のようなエリの電話が切れたと思ったら、すぐに着信音が鳴る。
今度は智子からだ。
「もしもし」
『彩子、昼間はデート中にごめんね。今、大丈夫?』
「うん、もう家にいるから」
『良かった。ねえ、もしかしてまた何か悩んでる? 私に話したいことがあるんでしょ』
さすが親友、私のことを良くわかっている――
「ありがとう、智子。悩んでたけど、何とかなりそうだから、もう大丈夫」
『そっか。本当に大丈夫なのね』
「うん、何かあったらまた相談するよ」
『よし。それじゃ、昼間言ってた草野球の件だけど』
智子は思い切ったように、彩子に告げた。
『佐伯諒一君が来るわよ』
一瞬、何の話かと思った。
「佐伯君って……カイロ君?」
『そう、あんたの初恋の男の子が、怜人のチームに助っ人に来るのよ!』
「ど、どうして」
彩子は話についていけない。
『もうほんと、地元にいると関わっちゃうものなのね~。怜人があちこちの地元の知り合いに電話して、足の速い人を探してたのよ。そしたら、複数の人が佐伯君を推薦するわけ。結構有名なのね、彼』
早口で喋る智子の声を聞きながら、彩子は遠い日を思い出す。
中学校のグラウンドで見た佐伯諒一のスチール。
素晴らしく速い足。速いだけでなく、投手の癖を盗んで走る観察眼のよさ、離塁のタイミングもばっちりで、センス抜群だった。
「佐伯君、地元に居たんだ……」
ちょっと意外だった。中学を卒業してから、噂にも聞かなかったのだから。
『怜人が言うには、地元に戻ったのは最近みたいよ』
「そうなんだ」
彩子はそわそわしてきた。佐伯諒一がどんな男性になっているのか想像できない。何しろ、10年の月日が流れている。
『それで、大丈夫かなと思って』
「何が?」
智子は少し言いよどんだ。
『いや、だって……原田さんが来たら、気まずいんじゃない? あんたの初恋の彼と顔を合わせるのは』
「ええっ、まさか。だって、佐伯君のことは昔の話だよ。それに付き合ってたわけじゃなし」
『そうかなあ?』
「大丈夫だよ。全然気にしないと思うよ? もちろん、私も佐伯君も」
『なるほどね……まあ、一応わかったわ。何とか大丈夫そうね』
智子はふうっと息をつく。変なことを気にするんだなと、彩子は首を傾げた。
『それじゃ、試合の場所と時間を後でメールするね。原田さんにも伝えてくれる?』
「了解」
『頼んだわよ。では、おやすみなさーい』
「おやすみなさい」
彩子はスマートフォンをサイドテーブルに置き、ベッドに入った。明かりを消しても、なかなか寝付けない。
(佐伯君、か……)
くるっとした可愛い目。少年の彼が思い出されて仕方なかった。
日曜日。今日は雨が降っている。
(外は寒そうだなあ)
窓の景色を見ながら、彩子はぶるっと震えた。なんだか寒気がする。こんな日は気をつけないと、風邪を引いてしまいそう。
10時少し前に、エリが車で迎えにきた。
彩子は助手席に乗り込み、彼女と目を合わせると気まずそうに笑った。
「雪村に謝らなきゃね」
彩子の言葉に、エリも同意する。
「そうね。私達、少し姑息だったわ」
コレーに着く頃、雨はますます激しくなっていた。
二人は車から降りると、傘を差さずに走る。下手に傘など使うと、開けたり閉じたりする間にずぶぬれになってしまいそうだ。
扉を開けると、カフェのカウンター席で雪村が待っていた。黒いセーターにレザーのスカートを合わせ、胸元にはクロスペンダントが煌いている。
「探偵さんのお着きだ」
いきなり皮肉をかまされ、彩子もエリも苦笑するのみ。
カウンター内で、あの美貌のオーナーが楽しそうに笑っている。
「雪村……コソコソ調べたりして本当にごめん。許して」
彩子は頭を下げて率直に詫びた。
「私もごめん。らしくなかった。直接あんたに聞けばよかったのに。勘弁してください」
エリも素直に謝った。雪村は大きく息をつくと、
「いいよ、もう。一応、心配してくれたんだろ」
雪村の笑顔を見て、ようやく彩子とエリは安堵し、胸を撫で下ろすことができた。
「コーヒーはいかがですか」
オーナーの美那子がすすめると、「じゃ、三人分」と雪村が言いかけて、彩子達に見向く。
0
あなたにおすすめの小説
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛
卯崎瑛珠
恋愛
カクヨム中編コンテスト 最終選考作品です。
第二部を加筆して、恋愛小説大賞エントリーいたします。
-----------------------------
「本当は優しくて照れ屋で、可愛い貴方のこと……大好きになっちゃった。でもこれは、白い結婚なんだよね……」
ラーゲル王国の侯爵令嬢セレーナ、十八歳。
父の命令で、王子の婚約者選定を兼ねたお茶会に渋々参加したものの、伯爵令嬢ヒルダの策略で「強欲令嬢」というレッテルを貼られてしまう。
実は現代日本からの異世界転生者で希少な魔法使いであることを隠してきたセレーナは、父から「王子がダメなら、蛇侯爵へ嫁げ」と言われる。
恐ろしい刺青(いれずみ)をした、性格に難ありと噂される『蛇侯爵』ことユリシーズは、王国一の大魔法使い。素晴らしい魔法と結界技術を持つ貴族であるが、常に毒を吐いていると言われるほど口が悪い!
そんな彼が白い結婚を望んでくれていることから、大人しく嫁いだセレーナは、自然の中で豊かに暮らす侯爵邸の素晴らしさや、身の回りの世話をしてくれる獣人たちとの交流を楽しむように。
そして前世の知識と魔法を生かしたアロマキャンドルとアクセサリー作りに没頭していく。
でもセレーナには、もう一つ大きな秘密があった――
「やりたいんだろ? やりたいって気持ちは、それだけで価値がある」
これは、ある強い呪縛を持つ二人がお互いを解き放って、本物の夫婦になるお話。
-----------------------------
カクヨム、小説家になろうでも公開しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
【完結】旦那様、離縁後は侍女として雇って下さい!
ひかり芽衣
恋愛
男爵令嬢のマリーは、バツイチで気難しいと有名のタングール伯爵と結婚させられた。
数年後、マリーは結婚生活に不満を募らせていた。
子供達と離れたくないために我慢して結婚生活を続けていたマリーは、更に、男児が誕生せずに義母に嫌味を言われる日々。
そんなある日、ある出来事がきっかけでマリーは離縁することとなる。
離婚を迫られるマリーは、子供達と離れたくないと侍女として雇って貰うことを伯爵に頼むのだった……
侍女として働く中で見えてくる伯爵の本来の姿。そしてマリーの心は変化していく……
そんな矢先、伯爵の新たな婚約者が屋敷へやって来た。
そして、伯爵はマリーへ意外な提案をして……!?
※毎日投稿&完結を目指します
※毎朝6時投稿
※2023.6.22完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる