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愛の言葉
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佐伯はバッティングセンターを飛び出した後、いつの間にか後藤のマンションに来ていた。後藤の部屋番号を押してインターホンを鳴らす。
『あら、佐伯君?』
応答したのは智子だった。
自動ドアが開かれ、佐伯はエントランスに入る。エレベーターで5階に上がり、後藤の部屋の前に着くとドアが開いた。
「いらっしゃい。どうしたの、突然」
「え、ええ……ちょっと」
佐伯は困ったように目を泳がせる。事情がありそうだと智子は察し、奥に招き入れた。
「何だどうした、何かあったのか。えらく赤い顔してるな」
後藤が缶ビールを片手に食卓から声をかけた。佐伯は突っ立ったまま、
「後藤さん……さっき俺、原田さんと山辺に会いました」
智子と後藤は絶句し、顔を見合わせた。
「ええっ? あのバッティングセンターにまた行ったのか。お前も原田も好きだねえ」
「怜人、ちゃかさないで。真面目に話してるんだから」
佐伯は食卓につき、二人にことのあらましを話した。まだ少し、気持ちが高ぶっている。
「あの二人に出くわすなんてビックリよね……でも佐伯君、原田さんが彩子と話しても構わないって言ったんだよね?」
「ええ」
「なら別にいいじゃん。三人なごやかに対面したわけだし、何の問題もないだろ」
怜人が言うと、佐伯は首を傾げた。
「まあ、それはいいんですけど」
「いいけど、何だよ」
「はあ、その……どう言ったらいいのか」
歯切れの悪い返事に、後藤はイライラしてきた。
「お前、どうしてウチに来たんだ。一体何が言いたいんだよ。はっきりしろ!」
後藤の怒鳴り声に反応し、佐伯は大きく目を剥いた。
「俺は、またあいつを好きになっちまったんです!」
後藤も智子も、ぽかんとする。
思春期の少年のように激しく感情を爆発させる男に、かける言葉もない。
「す、すみません……大声出して」
佐伯は赤くなり、二人に詫びた。
「えっ……佐伯君。あなた、彩子をまた好きになったって言うの? どうしてそんな……」
「わかんないです。あいつも俺を好きだったと告白されて、そしたら、何でか火が点いちゃった感じで……」
「焼けぼっくいにか」
後藤が口を挿むと、佐伯はうな垂れた。
えらいことになった。智子は思わずビールを一気飲みする。
「佐伯君、彼女いなかったっけ」
「いません」
「今まで誰とも付き合ったことがない?」
「付き合った子はいるけど、転勤をきっかけに別れちゃいました。彼女、東京を出たくなかったみたいです」
後藤はビールを注ぎながら、顔をしかめた。
「あなたはその子を、本気で好きだったの?」
「もちろんです。そうでなきゃ付き合いません」
佐伯はきれいな丸い目で、智子を見返す。
(この気まじめさが怖いのよね~)
今のうちに何とかしなくては、大変なことになる――智子は焦った。
「だがな、佐伯。前にも言ったように、山辺彩子は原田の女なんだ。わかるな? 婚約までしようという仲なんだ。あきらめろ!」
焦る智子の横で、後藤がはっきりと命じた。今回は損得抜きで、真剣に忠告している。
「わかってますよ。俺じゃ、あの人に敵わない。山辺もあの人のおかげで、きれいになったんでしょう」
佐伯の言葉に、智子はぽんと手を打つ。
「そうそう、そうなのよ。あの子ったら、原田さんに会う前は寝癖が付いたまま電車に乗るような子でね。変わったのは原田さんのおかげなの」
「まじかよ。彩子ちゃん、ワイルドだな」
智子と後藤は可笑しそうに笑うが、
「そんなところも、俺は好きでした」
佐伯は真顔である。
これはもう、本気になって言い聞かせるしかない。智子は釘を刺すことにした。
「彩子は私の親友よ。あの子の幸せを邪魔なんかしたら、絶対に許さない」
「ええ、わかってます。ただ俺は、復活した思いを持て余しちゃって……どうすればいいのか……だから、お二人に聞いてもらいたかっただけなんです」
佐伯は肩を落とし、力なく微笑む。
その打ちひしがれた様子に、智子も後藤も思わず同情する。失恋の辛さを、二人とも知らぬわけではない。
「よし、わかった。俺達がとことん付き合ってやる。思いきり飲んで、今夜は泊まっていけよ佐伯!」
後藤がグラスを掲げ、智子もキッチンからビールを運んでくる。
二人に励まされ、どうにか心が保てそうな佐伯だった。
翌朝。佐伯は早起きして、智子が朝食を作る前に帰ってしまった。
「ゆっくりしていけばいいのに」
「昨夜はかなり飲んだし、遠慮したんだろ」
遅く起きた後藤は朝食を食べた後、二日酔いの頭を押さえながら野球の練習に出かけた。
誰もいなくなった部屋で、智子はスマートフォンを取り出して彩子に電話する。
『もしもし』
「おはよう、彩子」
『おはよう』
あまり元気がない。
「昨日、佐伯君に会ったんだって?」
『えっ、何で知ってるの』
この驚き方。
動揺する彩子に、智子は眉根を寄せた。
『あら、佐伯君?』
応答したのは智子だった。
自動ドアが開かれ、佐伯はエントランスに入る。エレベーターで5階に上がり、後藤の部屋の前に着くとドアが開いた。
「いらっしゃい。どうしたの、突然」
「え、ええ……ちょっと」
佐伯は困ったように目を泳がせる。事情がありそうだと智子は察し、奥に招き入れた。
「何だどうした、何かあったのか。えらく赤い顔してるな」
後藤が缶ビールを片手に食卓から声をかけた。佐伯は突っ立ったまま、
「後藤さん……さっき俺、原田さんと山辺に会いました」
智子と後藤は絶句し、顔を見合わせた。
「ええっ? あのバッティングセンターにまた行ったのか。お前も原田も好きだねえ」
「怜人、ちゃかさないで。真面目に話してるんだから」
佐伯は食卓につき、二人にことのあらましを話した。まだ少し、気持ちが高ぶっている。
「あの二人に出くわすなんてビックリよね……でも佐伯君、原田さんが彩子と話しても構わないって言ったんだよね?」
「ええ」
「なら別にいいじゃん。三人なごやかに対面したわけだし、何の問題もないだろ」
怜人が言うと、佐伯は首を傾げた。
「まあ、それはいいんですけど」
「いいけど、何だよ」
「はあ、その……どう言ったらいいのか」
歯切れの悪い返事に、後藤はイライラしてきた。
「お前、どうしてウチに来たんだ。一体何が言いたいんだよ。はっきりしろ!」
後藤の怒鳴り声に反応し、佐伯は大きく目を剥いた。
「俺は、またあいつを好きになっちまったんです!」
後藤も智子も、ぽかんとする。
思春期の少年のように激しく感情を爆発させる男に、かける言葉もない。
「す、すみません……大声出して」
佐伯は赤くなり、二人に詫びた。
「えっ……佐伯君。あなた、彩子をまた好きになったって言うの? どうしてそんな……」
「わかんないです。あいつも俺を好きだったと告白されて、そしたら、何でか火が点いちゃった感じで……」
「焼けぼっくいにか」
後藤が口を挿むと、佐伯はうな垂れた。
えらいことになった。智子は思わずビールを一気飲みする。
「佐伯君、彼女いなかったっけ」
「いません」
「今まで誰とも付き合ったことがない?」
「付き合った子はいるけど、転勤をきっかけに別れちゃいました。彼女、東京を出たくなかったみたいです」
後藤はビールを注ぎながら、顔をしかめた。
「あなたはその子を、本気で好きだったの?」
「もちろんです。そうでなきゃ付き合いません」
佐伯はきれいな丸い目で、智子を見返す。
(この気まじめさが怖いのよね~)
今のうちに何とかしなくては、大変なことになる――智子は焦った。
「だがな、佐伯。前にも言ったように、山辺彩子は原田の女なんだ。わかるな? 婚約までしようという仲なんだ。あきらめろ!」
焦る智子の横で、後藤がはっきりと命じた。今回は損得抜きで、真剣に忠告している。
「わかってますよ。俺じゃ、あの人に敵わない。山辺もあの人のおかげで、きれいになったんでしょう」
佐伯の言葉に、智子はぽんと手を打つ。
「そうそう、そうなのよ。あの子ったら、原田さんに会う前は寝癖が付いたまま電車に乗るような子でね。変わったのは原田さんのおかげなの」
「まじかよ。彩子ちゃん、ワイルドだな」
智子と後藤は可笑しそうに笑うが、
「そんなところも、俺は好きでした」
佐伯は真顔である。
これはもう、本気になって言い聞かせるしかない。智子は釘を刺すことにした。
「彩子は私の親友よ。あの子の幸せを邪魔なんかしたら、絶対に許さない」
「ええ、わかってます。ただ俺は、復活した思いを持て余しちゃって……どうすればいいのか……だから、お二人に聞いてもらいたかっただけなんです」
佐伯は肩を落とし、力なく微笑む。
その打ちひしがれた様子に、智子も後藤も思わず同情する。失恋の辛さを、二人とも知らぬわけではない。
「よし、わかった。俺達がとことん付き合ってやる。思いきり飲んで、今夜は泊まっていけよ佐伯!」
後藤がグラスを掲げ、智子もキッチンからビールを運んでくる。
二人に励まされ、どうにか心が保てそうな佐伯だった。
翌朝。佐伯は早起きして、智子が朝食を作る前に帰ってしまった。
「ゆっくりしていけばいいのに」
「昨夜はかなり飲んだし、遠慮したんだろ」
遅く起きた後藤は朝食を食べた後、二日酔いの頭を押さえながら野球の練習に出かけた。
誰もいなくなった部屋で、智子はスマートフォンを取り出して彩子に電話する。
『もしもし』
「おはよう、彩子」
『おはよう』
あまり元気がない。
「昨日、佐伯君に会ったんだって?」
『えっ、何で知ってるの』
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動揺する彩子に、智子は眉根を寄せた。
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