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春風
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3月8日 日曜日。
本日、原田家山辺家両家の結納式が執り行われた。仲人は魚津夫妻である。
結納品の受け渡しが終わると、両家ともほっとした表情になり、その後は会食を挟んで、結婚式・披露宴について話し合われた。
話がまとまったところで、原田家は山辺家を後にした。
「良樹は良縁に恵まれた。ありがたいわねえ」
「本当になあ。木綿子さんに感謝しなくては」
帰りの車の中、良樹の両親は嬉しそうにお喋りした。
主役である良樹は車を運転しながら、今日の彩子を思い出している。彼女は結納式で、薄緑を基調とする訪問着を着ていた。
(やっぱり彩子は、着物がよく似合う)
彼女と結婚するにあたり、決めるべきことはまだいくつか残っている。家庭を持つと一言で言うのは簡単だが、さまざまな作業が伴うものだ。
一方山辺家では、彩子の母親が婚約指輪を手に取り、しげしげと眺めていた。
「素敵ねえ。どこから見てもきれいだわ~」
父と弟の真二は既に普段着に着替え、くつろいでいる。
彩子も着物から洋服に着替えた。結納式は緊張したが、またひとつ結婚に向けて前進した。というより、いよいよ加速を始めた実感がある。
「ゴールイン……か」
結婚といえば、次の日曜日は後藤と智子の結婚式だ。エリや雪村やまりにも会える。
彩子は床の間に飾られた結納品を眺め、その日が自分にも近付いていることに気付く。急にそわそわして、落ち着かない気持ちになった。
日曜日の朝9時。良樹と彩子は、後藤と智子の結婚式が行われるホテルに出発した。二人揃って披露宴に招待されている。
良樹は車を運転しながら、助手席の彩子を何気なく見やった。
いつもよりきちんとメイクをして、女らしい雰囲気だ。良樹はなぜか、知らない女性が隣にいるような、ぎこちない気持ちになる。
ホテルの駐車場に着くと、彩子は車から降りてベージュのコートを脱いだ。この日のために新調したドレスを着ている。
「中は暖かいだろうし、コートは車においておくね」
「ああ、そうだな……」
彩子のドレスは、どちらかといえば可愛いらしいイメージのデザインだ。
「入学式みたいでしょう」
彩子は照れたように言うが、良樹は笑わなかった。
そして今気付いたのだが、彩子の左手薬指には、良樹が結納式で贈った婚約指輪があった。
(彩子……)
良樹は満足感でいっぱいになり、思わず礼服の胸を押さえる。表には出さないが、これ以上ないほど高ぶっていた。
受付に行くと、後藤の友人とエリが担当していた。
「わあ、彩子、久しぶりね……あっ」
エリと良樹は初対面だ。彼女は背筋を伸ばし、緊張の面持ちになる。
彼らはお祝いの言葉を交わすと、互いに自己紹介した。友達と婚約者がにこやかに挨拶するのを見て、彩子は嬉しくなる。
披露宴会場に行くと、雪村とまりが入り口のところに立っていた。
まりのドレスは相変わらずのピンク系でとても可愛い。雪村はダークブルーのパンツスーツ。長身の彼女によく似合っている。
「あっ、原田さん!」
彼女達は彩子より先に良樹の名を呼んだ。
良樹は挨拶をして、雪村とは結婚指輪のことを、まりとは木村のことを話した。そして彩子を前に出すと、
「俺は先に行ってる。ゆっくり話してきなよ」
披露宴会場へと歩いていった。
「へえ~、婚約したんだ」
雪村が彩子の指輪に気付き、冷かすように言う。まりは彩子の手を取り、まじまじと指輪を見つめる。
「きれいねえ~、ダイヤモンドかあ」
彩子は何だかふわふわしてきた。雲の上を歩くような、夢心地になる。
「そういえば智子、赤ちゃんができたんだって? 体調は大丈夫なのか」
雪村が訊くと、まりも彩子を見た。
「つわりがあるけど、昼間は大丈夫みたい。朝起きた時とか、夕方から辛くなるって」
「ふうん……」
三人とも未経験なので、想像するほかない。
「まあ、楽しみだよな。結婚も赤ちゃんも」
雪村の言葉に皆が頷いたその時、後ろからエリが覗き込んできた。受付を交代したらしい。
「ねえ、結婚式が済んで、花嫁さんが控え室にいるって。見に行かない? 」
「そうだった、行こう行こう」
披露宴が始まるまで、まだ時間がある。四人は急いで控え室に移動した。
開け放されたドアを覗くと、智子の母親が彩子達を手招きした。
中に入ると、控え室の中央に智子がいた。
ビーズと刺繍がふんだんにあしらわれたハイウエストのエンパイアドレス。高く結い上げた髪に、真珠のヘッドアクセサリーが飾られている。
なによりも、豊かな肩から胸もとへのラインが美しかった。
きれい……
本当にきれいだ、智子
皆、同じことを思ったが、花嫁のまぶしさに圧倒されて、誰も口に出せない。
本日、原田家山辺家両家の結納式が執り行われた。仲人は魚津夫妻である。
結納品の受け渡しが終わると、両家ともほっとした表情になり、その後は会食を挟んで、結婚式・披露宴について話し合われた。
話がまとまったところで、原田家は山辺家を後にした。
「良樹は良縁に恵まれた。ありがたいわねえ」
「本当になあ。木綿子さんに感謝しなくては」
帰りの車の中、良樹の両親は嬉しそうにお喋りした。
主役である良樹は車を運転しながら、今日の彩子を思い出している。彼女は結納式で、薄緑を基調とする訪問着を着ていた。
(やっぱり彩子は、着物がよく似合う)
彼女と結婚するにあたり、決めるべきことはまだいくつか残っている。家庭を持つと一言で言うのは簡単だが、さまざまな作業が伴うものだ。
一方山辺家では、彩子の母親が婚約指輪を手に取り、しげしげと眺めていた。
「素敵ねえ。どこから見てもきれいだわ~」
父と弟の真二は既に普段着に着替え、くつろいでいる。
彩子も着物から洋服に着替えた。結納式は緊張したが、またひとつ結婚に向けて前進した。というより、いよいよ加速を始めた実感がある。
「ゴールイン……か」
結婚といえば、次の日曜日は後藤と智子の結婚式だ。エリや雪村やまりにも会える。
彩子は床の間に飾られた結納品を眺め、その日が自分にも近付いていることに気付く。急にそわそわして、落ち着かない気持ちになった。
日曜日の朝9時。良樹と彩子は、後藤と智子の結婚式が行われるホテルに出発した。二人揃って披露宴に招待されている。
良樹は車を運転しながら、助手席の彩子を何気なく見やった。
いつもよりきちんとメイクをして、女らしい雰囲気だ。良樹はなぜか、知らない女性が隣にいるような、ぎこちない気持ちになる。
ホテルの駐車場に着くと、彩子は車から降りてベージュのコートを脱いだ。この日のために新調したドレスを着ている。
「中は暖かいだろうし、コートは車においておくね」
「ああ、そうだな……」
彩子のドレスは、どちらかといえば可愛いらしいイメージのデザインだ。
「入学式みたいでしょう」
彩子は照れたように言うが、良樹は笑わなかった。
そして今気付いたのだが、彩子の左手薬指には、良樹が結納式で贈った婚約指輪があった。
(彩子……)
良樹は満足感でいっぱいになり、思わず礼服の胸を押さえる。表には出さないが、これ以上ないほど高ぶっていた。
受付に行くと、後藤の友人とエリが担当していた。
「わあ、彩子、久しぶりね……あっ」
エリと良樹は初対面だ。彼女は背筋を伸ばし、緊張の面持ちになる。
彼らはお祝いの言葉を交わすと、互いに自己紹介した。友達と婚約者がにこやかに挨拶するのを見て、彩子は嬉しくなる。
披露宴会場に行くと、雪村とまりが入り口のところに立っていた。
まりのドレスは相変わらずのピンク系でとても可愛い。雪村はダークブルーのパンツスーツ。長身の彼女によく似合っている。
「あっ、原田さん!」
彼女達は彩子より先に良樹の名を呼んだ。
良樹は挨拶をして、雪村とは結婚指輪のことを、まりとは木村のことを話した。そして彩子を前に出すと、
「俺は先に行ってる。ゆっくり話してきなよ」
披露宴会場へと歩いていった。
「へえ~、婚約したんだ」
雪村が彩子の指輪に気付き、冷かすように言う。まりは彩子の手を取り、まじまじと指輪を見つめる。
「きれいねえ~、ダイヤモンドかあ」
彩子は何だかふわふわしてきた。雲の上を歩くような、夢心地になる。
「そういえば智子、赤ちゃんができたんだって? 体調は大丈夫なのか」
雪村が訊くと、まりも彩子を見た。
「つわりがあるけど、昼間は大丈夫みたい。朝起きた時とか、夕方から辛くなるって」
「ふうん……」
三人とも未経験なので、想像するほかない。
「まあ、楽しみだよな。結婚も赤ちゃんも」
雪村の言葉に皆が頷いたその時、後ろからエリが覗き込んできた。受付を交代したらしい。
「ねえ、結婚式が済んで、花嫁さんが控え室にいるって。見に行かない? 」
「そうだった、行こう行こう」
披露宴が始まるまで、まだ時間がある。四人は急いで控え室に移動した。
開け放されたドアを覗くと、智子の母親が彩子達を手招きした。
中に入ると、控え室の中央に智子がいた。
ビーズと刺繍がふんだんにあしらわれたハイウエストのエンパイアドレス。高く結い上げた髪に、真珠のヘッドアクセサリーが飾られている。
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