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祝福の声
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10月初旬の早朝、智子からメールが届いた。
赤ちゃんが生まれたのだ。智子そっくりの、元気な男の子だ。
メールには、すやすやと眠る赤ちゃんと、満面の笑みで寄り添う怜人の写真が添付されている。
「おめでとう智子、怜人さん」
彩子はさっそくお祝いのメッセージを送り、良樹にも伝えた。
週末、元ソフトボール部の四人は、智子と赤ちゃんが入院する産院に集まった。お見舞いとお祝いに駆けつけたのだ。
「ついに智子もお母さんか」
「いい母ちゃんになるよ、あいつ面倒見いいもん」
エリと雪村が頷き合っている。
「いいなあ~、私も早く赤ちゃんがほしい」
まりが目をキラキラさせる横で、彩子は感極まりすぎて何も言えない。
さっきから、ただ皆の後を付いて歩いている。
(智子が母親になった。怜人さんが父親になった)
産院の玄関で、智子の妹の真子が出迎えてくれた。皆でぞろぞろ歩いて行き、ガラス張りの部屋の前で止まる。
「ここが新生児室です。赤ちゃんがいますよ」
なるほど、ガラス越しに赤ちゃんが見える。
「どれどれ」
「あ、あれじゃないかな」
「うわあ、寝てる寝てる」
赤ちゃんは生まれたばかりで小さくて、何とも頼りない存在に見えた。智子の赤ちゃんだけでなく、皆、元気に大きくなれよと願わずにはいられない。
彩子はガラスにへばりつき、小さな生命達に見とれた。
「あっ、みんな来てくれたの」
声に振り向くと、智子が寝巻きにカーディガンを羽織った姿で歩いてくる。
「智子!」
「コラコラ、騒いじゃダメよ。静かにしてちょうだい」
智子に注意されて、彩子達は口を押さえた。
「大丈夫なの、歩き回って」
彩子が訊くと、智子は大きく顎を引く。
「大丈夫よ。それに、これから授乳だもん」
「おっぱいってことか」
雪村がガラス越しの新生児室を見やった。
「そうよ、おむつにおっぱい、2時間おき。だから眠れなくてさ……」
大きな欠伸をした。
「そうなんだ。じゃあこれは今、渡しとくね。私達からの気持ち」
まりがお祝いを手渡すと、智子は照れくさそうに受け取った。
「嬉しい、ありがとう!」
少し話をした後、智子は新生児室に入った。他のお母さんも集まって来ると、窓にカーテンが引かれ、授乳タイムとなる。
「智子ってば、ママの貫禄ねえ。違う人に見えちゃうわ」
エリの言葉に、彩子の胸はドキリと鳴る。カーテンで仕切られた向こうは、彩子の知らない空間。母親になった智子がいる。
「彩子、行くよ」
雪村の声にはっとして、廊下を入り口へと戻った。
「ああ、何だか感動よねえ」
建物を出ると、エリが空を見上げながら、しみじみと漏らす。
「うん、本当に」
未知なる世界を垣間見たあとの、不思議な気分。皆、言葉少なに駐車場まで歩いた。
「そういや、彩子の結婚式って来週じゃないか」
雪村が思い出したように言った。
「うん、そうなんだ。智子は出席できないけど、怜人さんが来てくれるって」
「怜人さんか。あの、にぎやかな旦那様ね。ところで彩子はどうなの、赤ちゃんは」
エリが唐突に訊くので、彩子はたじろぐ。
雪村とまりも、興味津々の目つきで注目してくる。
「えっ……まだだよ、その……今のところは」
「ほおお。仲良くしてるんだ~」
しどろもどろの彩子に、エリがすかさずツッコミを入れる。
「よせよせ。ほら、茹ダコみたいになってきたぞ」
「ほんとだ。彩子ったら、真っ赤!」
まったくもう、敵わない。彩子は困惑しながらも、仲間達と笑い合った。
(おめでとう、智子、怜人さん。はじめまして、赤ちゃん)
秋晴れの空が、どこまでも続いている。
青く、美しく――
「そうか、智子さんも赤ちゃんも、元気そうで良かった」
智子のお見舞いに行った翌日、彩子は新居の部屋で良樹とくつろいでいる。結婚後二人で暮らす、新築のアパートだ。
「智子さんに似れば、いい男になるぞ」
「うふふ、楽しみだね」
その時、インターホンが鳴った。
「誰だ?」
『怜人パパでーす!』
良樹が応答すると、おちゃらけた声が聞こえた。来訪者は後藤怜人である。
「いや~昨日はありがとうな彩子ちゃん、みんなで来てくれたんだって?」
「おめでとう怜人さん。赤ちゃん、とっても可愛いですね」
「うんうん。本当にちっちぇえなあ~って感じで、最初は抱っこするのが怖かったけど、結構な存在感なんだよあいつ」
「ふうん。既に良い親父してるじゃないか」
「だろ、だろ? 原田、パパだよ俺は」
「わかったわかった」
良樹は後藤の背中をぽんぽんと叩き、落ち着かせた。
「そんなわけで、智子は無理だけど、俺がきっちり披露宴に出席させてもらうぜ。スピーチは頼まれてないけど、よかったかな」
「いい、いい」
良樹が慌てて言う。彩子はコーヒーをすすめながら、クスクスと笑った。
「で、お前達はどうなんだ、子どもは。家族計画は立てているのか」
後藤は二人を交互に見ながら嬉しそうに訊く。まったく、しまりの無い顔である。
「まだだよ」
「んまあ、良樹さんったら。ホントのこと聞かせてよ!」
後藤の興奮は、どうやっても止まらないらしい。良樹はふーっとため息をつく。
「彩子、こいつはもう帰るそうだ」
「待て待て怒るなよ……ったく、相変わらずだなあ」
「お前がふざけすぎなんだ」
こんな二人にも、いつしか友情が芽生えている。
良樹は不本意だと言うが、傍から見れば息の合った漫才コンビのようだ。
後藤はひとしきり子どもの話を聞かせると、満足の顔で立ち上がった。
「さて、俺はこれで失礼するよ。息子が待ってるものでね」
「智子さんもだろ」
「いけね、そうそう」
「呆れたやつだな」
「あっちも同じこと言ってるよ、お互い様」
すっかりパパとママである。
「じゃあな、お二人さん。結婚式頑張れよ!」
後藤を見送ったあと、彩子は良樹と目を合わせる。
いよいよ、もうすぐなのだ。
ここへきて、緊張が高まってきた。
「リラックスだよ、彩子」
「うん」
大丈夫、良樹がいる。
変わらぬ彼の優しさに、彩子は甘えた。
赤ちゃんが生まれたのだ。智子そっくりの、元気な男の子だ。
メールには、すやすやと眠る赤ちゃんと、満面の笑みで寄り添う怜人の写真が添付されている。
「おめでとう智子、怜人さん」
彩子はさっそくお祝いのメッセージを送り、良樹にも伝えた。
週末、元ソフトボール部の四人は、智子と赤ちゃんが入院する産院に集まった。お見舞いとお祝いに駆けつけたのだ。
「ついに智子もお母さんか」
「いい母ちゃんになるよ、あいつ面倒見いいもん」
エリと雪村が頷き合っている。
「いいなあ~、私も早く赤ちゃんがほしい」
まりが目をキラキラさせる横で、彩子は感極まりすぎて何も言えない。
さっきから、ただ皆の後を付いて歩いている。
(智子が母親になった。怜人さんが父親になった)
産院の玄関で、智子の妹の真子が出迎えてくれた。皆でぞろぞろ歩いて行き、ガラス張りの部屋の前で止まる。
「ここが新生児室です。赤ちゃんがいますよ」
なるほど、ガラス越しに赤ちゃんが見える。
「どれどれ」
「あ、あれじゃないかな」
「うわあ、寝てる寝てる」
赤ちゃんは生まれたばかりで小さくて、何とも頼りない存在に見えた。智子の赤ちゃんだけでなく、皆、元気に大きくなれよと願わずにはいられない。
彩子はガラスにへばりつき、小さな生命達に見とれた。
「あっ、みんな来てくれたの」
声に振り向くと、智子が寝巻きにカーディガンを羽織った姿で歩いてくる。
「智子!」
「コラコラ、騒いじゃダメよ。静かにしてちょうだい」
智子に注意されて、彩子達は口を押さえた。
「大丈夫なの、歩き回って」
彩子が訊くと、智子は大きく顎を引く。
「大丈夫よ。それに、これから授乳だもん」
「おっぱいってことか」
雪村がガラス越しの新生児室を見やった。
「そうよ、おむつにおっぱい、2時間おき。だから眠れなくてさ……」
大きな欠伸をした。
「そうなんだ。じゃあこれは今、渡しとくね。私達からの気持ち」
まりがお祝いを手渡すと、智子は照れくさそうに受け取った。
「嬉しい、ありがとう!」
少し話をした後、智子は新生児室に入った。他のお母さんも集まって来ると、窓にカーテンが引かれ、授乳タイムとなる。
「智子ってば、ママの貫禄ねえ。違う人に見えちゃうわ」
エリの言葉に、彩子の胸はドキリと鳴る。カーテンで仕切られた向こうは、彩子の知らない空間。母親になった智子がいる。
「彩子、行くよ」
雪村の声にはっとして、廊下を入り口へと戻った。
「ああ、何だか感動よねえ」
建物を出ると、エリが空を見上げながら、しみじみと漏らす。
「うん、本当に」
未知なる世界を垣間見たあとの、不思議な気分。皆、言葉少なに駐車場まで歩いた。
「そういや、彩子の結婚式って来週じゃないか」
雪村が思い出したように言った。
「うん、そうなんだ。智子は出席できないけど、怜人さんが来てくれるって」
「怜人さんか。あの、にぎやかな旦那様ね。ところで彩子はどうなの、赤ちゃんは」
エリが唐突に訊くので、彩子はたじろぐ。
雪村とまりも、興味津々の目つきで注目してくる。
「えっ……まだだよ、その……今のところは」
「ほおお。仲良くしてるんだ~」
しどろもどろの彩子に、エリがすかさずツッコミを入れる。
「よせよせ。ほら、茹ダコみたいになってきたぞ」
「ほんとだ。彩子ったら、真っ赤!」
まったくもう、敵わない。彩子は困惑しながらも、仲間達と笑い合った。
(おめでとう、智子、怜人さん。はじめまして、赤ちゃん)
秋晴れの空が、どこまでも続いている。
青く、美しく――
「そうか、智子さんも赤ちゃんも、元気そうで良かった」
智子のお見舞いに行った翌日、彩子は新居の部屋で良樹とくつろいでいる。結婚後二人で暮らす、新築のアパートだ。
「智子さんに似れば、いい男になるぞ」
「うふふ、楽しみだね」
その時、インターホンが鳴った。
「誰だ?」
『怜人パパでーす!』
良樹が応答すると、おちゃらけた声が聞こえた。来訪者は後藤怜人である。
「いや~昨日はありがとうな彩子ちゃん、みんなで来てくれたんだって?」
「おめでとう怜人さん。赤ちゃん、とっても可愛いですね」
「うんうん。本当にちっちぇえなあ~って感じで、最初は抱っこするのが怖かったけど、結構な存在感なんだよあいつ」
「ふうん。既に良い親父してるじゃないか」
「だろ、だろ? 原田、パパだよ俺は」
「わかったわかった」
良樹は後藤の背中をぽんぽんと叩き、落ち着かせた。
「そんなわけで、智子は無理だけど、俺がきっちり披露宴に出席させてもらうぜ。スピーチは頼まれてないけど、よかったかな」
「いい、いい」
良樹が慌てて言う。彩子はコーヒーをすすめながら、クスクスと笑った。
「で、お前達はどうなんだ、子どもは。家族計画は立てているのか」
後藤は二人を交互に見ながら嬉しそうに訊く。まったく、しまりの無い顔である。
「まだだよ」
「んまあ、良樹さんったら。ホントのこと聞かせてよ!」
後藤の興奮は、どうやっても止まらないらしい。良樹はふーっとため息をつく。
「彩子、こいつはもう帰るそうだ」
「待て待て怒るなよ……ったく、相変わらずだなあ」
「お前がふざけすぎなんだ」
こんな二人にも、いつしか友情が芽生えている。
良樹は不本意だと言うが、傍から見れば息の合った漫才コンビのようだ。
後藤はひとしきり子どもの話を聞かせると、満足の顔で立ち上がった。
「さて、俺はこれで失礼するよ。息子が待ってるものでね」
「智子さんもだろ」
「いけね、そうそう」
「呆れたやつだな」
「あっちも同じこと言ってるよ、お互い様」
すっかりパパとママである。
「じゃあな、お二人さん。結婚式頑張れよ!」
後藤を見送ったあと、彩子は良樹と目を合わせる。
いよいよ、もうすぐなのだ。
ここへきて、緊張が高まってきた。
「リラックスだよ、彩子」
「うん」
大丈夫、良樹がいる。
変わらぬ彼の優しさに、彩子は甘えた。
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