一億円の花嫁

藤谷 郁

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「奈々子に会いたい」

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「あ、あの車です」

 ロータリーに着くと、彼女が指をさした。
 ちょうどワンボックスが入ってきたところで、目の前に停まった。
 運転するのはニット帽を被った若い男性で、窓を開けて手をひらひらと振っている。
 彼女の幼なじみは男の人だったのだ。

「あの……図々しくてすみません。バッグを座席に乗せてもらえますか?」

 彼女が車のドアを開き、申し訳なさそうに言った。私はもちろん快諾する。

「ごめんなさい、本当に。私なんかのために」
「そんな、大丈夫ですよ」

 私なんかのために……というのは口癖かもしれない。おどおどした態度といい、なんだか身につまされる。少し前までの自分を見るようで。

「なんだよエミ、荷物持ってもらったのお? 誰か知んないけど、すみませんねえ、お姉さん」

 運転席の彼が振り返り、声をかけた。ニット帽からはみ出る金髪と、ニヤニヤとした表情に違和感を覚える。
 確かに年齢は同じくらいだけど、この人は本当に、彼女の幼なじみなのだろうか。

「あー、お姉さんさあ。悪いけど、その荷物もうちょっと奥に押し込んでもらえますう? エミが座れるように」
「あ、はい」

 人の車に足をかけたくないが、仕方ない。半分乗り込むようにして、バッグを押した。

「はい、ご苦労さん」
「えっ?」

 背もたれが急に倒れ、伸びてきた腕が私を羽交締めにした。

「……!?」

 布のようなもので鼻と口を塞がれ、後部席に引きずり込まれる。
 車のドアが閉まった。

(一体何が起きたの?……いやっ、助けて!!)

 パニックになり、けんめいに逃れようとするが、私を拘束する腕はびくともしない。
 恐怖と驚きで、全身の毛が逆立つのが分かった。

「悪いね。あんたを運ぶよう頼まれたんだ」
「……!?」

 耳もとに、絡みつくような男の声。
 車が走り出した。
 必死に首をねじって窓の外を見ると、エミと呼ばれた彼女が、こちらをぼんやりと見送っている。

(どうして? なぜ、こんなことに……)

 気づくと、私は抵抗をやめていた。視界が霞み、手足が痺れて力が入らない。
 神経に作用する薬を嗅がされたのだと、理解した。

「金さえ手に入れば、俺はあんたに危害を加えない。ただなあ、女王様が何をしでかすか……」

 男が私を解放し、シートに寝かせた。

(織人さん……)

 私はもう、何も考えることができず、意識を失った。
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