一億円の花嫁

クレイジー

４

「しょうがねえな。奈々子さん、勘弁してやってくれ。ウーチューブでバズるのがこいつのささやかな夢でさ、この誘拐劇が千載一遇のチャンスなんだと」
「はあ？」

　まさか、自らの犯罪行為をウーチューブにアップするつもりだろうか。だとしたら、ニット帽も相当なクレイジーである。

「こうなったら何でもやってやるぜ。ウーチューブでバズるやつらは全員敵だっての。アンチコメ書きまくるのがストレス解消ってね」

　呆れてものも言えない。
　純粋に努力して動画を撮る織人さんが、どれだけ真っ当なのか今さら思い知る。

「それでさ、お姉さん。さっきの話だけどぉ」

　ニット帽が撮影しながらぺらぺらと喋る。剛田はもう止めなかった。

「綾華さんが誘拐を決めたのは、お姉さんが三保グループの御曹司と結婚したからだよー。ほら、今日の昼間に公式発表したでしょ？　あの人、各界御曹司の結婚ニュースにアンテナ張ってるから超速でキャッチしてさー、そんでもって超速で誘拐を企てたわけよ。まあ詳しいことは本人が語るだろうけど、とにかく綾華さんは、自分よりはるかに劣る女が最上級の男をゲットしたのが許せなかったんだろーね。もともとお姉さんには恨みを持ってるし、怒り爆発ってやつですヨ。まああの人がお姉さんをどう料理するのかは俺たち知らないんだけど、ただじゃすまないだろーね。あ、俺たちは綾華さんと由比織人双方からカネをいただければ満足なんで、危害は加えないよん。ガチな犯罪はリスキーだからねー」

　ニット帽の喋りは立板に水で、口を挟む余地がなかった。
　ただ、誘拐の動機がハッキリした。
　結局のところ、主犯である綾華の逆恨みで、織人さんにはとんだとばっちりである。

（なんてこと……なんてことをするのよ、綾華！）

「まあ、そんなわけだ。しかし、あんたの旦那も迂闊だったな。あんなに堂々と公式発表するとはね」

　せせら笑う剛田を、私は睨みつけた。

「違います。公式発表は堂々として然るべき。悪いのは綾華であり、それに加担するあなたたちでしょう？」
「なんだと？」

　剛田の目つきが残忍なものに変わった。
　だけど私は怯まず、真っ直ぐに見返す。誰であろうと、織人さんを侮辱するのは絶対に許さない。

「おい、調子に乗るなよ」
「そっちこそ。私を少しでも傷つけたら、織人さんが許さない。一円も手に入らないどころか、警察に通報されて指名手配よ。どこにも逃げられない！」

　彼らの目的はお金だ。
　身代金が手に入らなければ、この誘拐は無意味。
　少なくとも、交渉の時点で人質は無傷であるべきなのだ。

「ったく、ムカつく女だぜ。グズで陰気ないじめられっ子が、由比家の嫁になったとたん強気じゃねぇか」

　酷い言われようだが、口答えしなかった。ある意味、当たっているから。
　でも私は、織人さんのおかげで変わることができた。

「おっ、兄貴。ボスの到着ですよん！」

　建物の外で、車が止まる音が聞こえた。
　剛田が立ち上がり、ニット帽に扉を開けるよう指示する。

「お待ちかね。女王様のご到着だ」

　私を見下ろし、ニヤリと笑う。

「あんた、ずいぶん偉そうだが、綾華の前でそんな態度とらないほうがいいぜ？　今の綾華は、いわば無敵の人。失うものがない状況だからな」
「……？」

　どういう意味か分からなかった。

「俺たちと違って、あいつの目的は金じゃない。警察に捕まろうが、死刑になろうが、どうだっていい。大月奈々子に復讐する、それだけが生きがいなんだよ」

　開け放たれた扉から冷気と、彼女が入ってきた。
　西野綾華。
　最もクレイジーな存在が、目の前に現れた。