一億円の花嫁

藤谷 郁

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自業自得

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 綾華は私の前に立ち、微笑を浮かべた。

「こんばんは、奈々子」
「……綾華?」

 蘇りそうなトラウマに抵抗しながら彼女を見上げ、違和感を覚える。
 灰色のパンツスーツに黒のロングコート。アクセサリーは身につけず、長い髪はひっつめ。
 地味な装いは綾華の好みではなく、メイクも薄い。そのせいか顔色が悪く、どこか病んでいるかのように見える。
 横浜で遭遇した時よりも、明らかにやつれていた。

「どうしてこんなことになったのか、分かってる?」
「……」

 私が黙っていると、綾華の顔から笑みが消えて、憤怒の表情があらわれた。
 見開かれた目がギラギラと光るのを、ただ見返すほかない。私は縛られているのだ。

「状況の説明はしておいたよ。ちなみに奈々子さんは、俺のことをご存知だった。横浜で再会したあと、誰かさんに忠告されて、お前の周辺を嗅ぎ回ったらしいぜ」

 剛田が口を挟んだ。面白そうにニヤニヤして、その横でニット帽がこちらを撮影している。

「へえ、奈々子のくせに生意気~。ていうか、あー、やっぱりねって感じ」

 私を睨んだまま、剛田に返事する。口調は軽いが声が震えており、それは怒りによるものだ。

「夏樹か……あの裏切り者」

 憎しみに燃える目。
 剛田が言ったとおり、綾華にとって私は悪者で、夏樹は反逆者なのだ。

「あんたのこと、夏樹に報告したのよね。私と仲直りして、また一緒に奈々子を虐めよう。莉央も呼んで同窓会しようよって。でも返事が来なかった……ひどくない?」

 悪びれもせず、それどころか被害者面である。中学時代からまったく成長していないのだと、私は呆れると同時に戦慄した。
 この子は本気で、私に復讐しようとしている。

「ねえ、夏樹と会ったの?」
「……」
「あれからのこと、聞いたんでしょ? あいつらが反乱したって話」
「……」
「まさか夏樹のやつ、あんたに謝ったとかじゃないよね」

 私は答えない。
 言えば夏樹に矛先が向く。

「何とか言いなさいよ!!」

 パシッと、乾いた音がした。
 右頬を叩かれたのだと理解する間もなく、左頬に衝撃が走る。

「黙ってんじゃないわよ。状況わかってんの!?」

 髪を乱暴に掴まれ、がくがくと揺さぶられた。なおも打とうとする綾華を止めたのは剛田だった。

「やめろ、大事な人質様だぞ」
「止めないでよ、蓮!」
「こいつをどう料理しようとお前の勝手だが、俺が飛んでからにしろ」
「だって……」
「頼むよ、いい子だから。な?」
「……」

 剛田に宥められ、綾華は渋々という感じで引き下がった。

「ああ、もう、イライラする!」
「とにかく、ちょっと落ち着け。段取りを確認するから」

 綾華はうなずくと、こちらをキッと睨んでから背を向けた。剛田はニット帽にも声をかけ、ストーブの側に集めた。

(痛い……)

 両頬がヒリヒリする。口の中が切れたようで、血の味がにじむ。
 いきなりの暴力に、身構える間もなかった
。しかも、綾華はまったく手加減なしで攻撃してきたのだ。

 綾華は激怒している。
 夏樹が私に忠告したのが気に入らないのだろう。あと、昔の出来事もぜんぶ。
 だがそれらひっくるめて、逆恨みだ。

(何をされるか分からない。絶対に逃げなきゃ)

 寒さと痛みに耐えながら、彼らのやりとりに耳をそば立てた。

「準備はできたのか」
「ええ。ついさっき、お金も振り込んだわ。確認してみて」
「……ああ、ほんとだ。しかし、ずいぶん大盤振る舞いだな」
「いいのよ。お金なんて、もう必要ないもの」
「うおー、マジで振り込まれてるう。俺にまで大金をあざッス、綾華さん!」

 ニット帽がはしゃいだ声を出し、剛田に小突かれた。

「パスポートと身分証は?」
「車に置いてある。エミが見張ってるから大丈夫よ」
「逃げないだろうな」
「安心してよ、あの子は逃げない。誰かさんと違って、私の忠実な下僕だから」

 三人の視線が私に集まる。

「エミは確か、小学校の同級生だっけ? 一体、どんだけ虐めたんだよ」
「さあね、忘れちゃった。でもあの子ったら、私と目が合っただけで石みたいに固まっちゃうの。いまだに電話一本で飛んでくるし、ほんと可愛いわよねえ」
「可愛いじゃなくて、かわいそうだろ」

 三人声を合わせて、楽しそうに笑う。
 胸がムカムカしてきた。

 エミと呼ばれた、気の弱そうな女性。彼女が体験してきた地獄を、私は想像することができた。それが、今も続いているなんて……
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