一億円の花嫁

藤谷 郁

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自業自得

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「なんだ、まだ問題があるのか」

 剛田が少し苛立ったように言う。綾華は「ええ」と返事をして、私の方へ歩いて来る。

「おい」
「大丈夫よ、話すだけだから」

 私を見下ろし、低い声で訊いた。

「あんた、莉央とはどうなってんの?」
「……?」

 思わぬ質問だった。
 しかし、考えてみれば当然の問いかもしれない。綾華がこだわっているのは、私と夏樹と莉央という、三人の反逆である。

「あいつ、夏樹と一緒で私の報告を無視しやがってさ、ムカつくんだけど。まさか、あんたに連絡とか取ってないよね」
「え……」

 やはり綾華は、莉央にもメッセージを送っていたのだ。もしかして莉央は、それがきっかけで私に電話をくれたのかもしれない。
 だとしたら、それを教えてはダメだ。矛先が莉央に向いてしまう。

 私が黙っていると、綾華はなぜかニヤリとした。

「例えば、『奈々子に会いたいから東京駅まで来て』……とか?」
「!?」

 思わず反応した。
 綾華はますます笑顔になり、それは勝ち誇った表情にも見えた。

「ど、どうして知ってるの?」
「さあ、どうしてかしら」

 そういえば、なぜ東京駅に私がいると綾華たちが知っていたのか。なぜタイミングよく誘拐できたのか、その疑問がまだ解かれていない。
 今の綾華の言葉は?

「おいおい、種明かしかよ」

 剛田がやれやれという態度で綾華を見やる。

「だって、このままじゃ面白くないもの。なんかコイツ、ふてぶてしくなっちゃってさ。この前はビビって逃げ出したくせに。立派な旦那様を持つと、自分まで偉くなった気になるのかしらねえ」

 わけが分からない。
 ただ、綾華が私をやっつけようとしているのは確かだ。
 そもそもこの女は、織人さんと結婚した私が気に入らなくて誘拐したのだった。

「本来の身分を思い出させてあげなきゃ。ね、いいでしょ?」

 許可を得るように剛田を見返す。剛田はフッと息を吐き、

「しょうがねえな。だが早くしろよ」
「すぐに終わるわ」

 綾華は私に向き直ると、コートのポケットからスマホを取り出した。

「どういうこと、綾華。なぜあなたが、莉央が電話してきたのを知ってるの?」

 スマホを操作する綾華に、もう一度訊いた
。すると綾華は、返事の代わりに画面をこちらに向ける。
 何かのアプリのようだ。

「……それは?」
「最先端の音声生成アプリよ。AIにディープラーニングさせて、本人そっくりの話し声を作るの」
「音声生成アプリ……」
「例えば、友達の声とか」

 頬を打たれるよりも激しいショックを受ける。
 まったく、疑いもしなかった。

「そんな、まさか……あの電話は、綾華が?」
「アハハハ! あんたって相変わらず間抜けよね」

 建物の隅々まで、高笑いが響きわたる。人をコケにして嘲笑う綾華こそ、中学時代のままだ。

「そうよ、電話したのは私。莉央の声を使ってね。そっくりだったでしょ?」

 信じられない、信じられない。あまりのことに体が震えた。

「うふふっ、これって女子向けの人気アプリなんだけど、知らなかった? そういえば昔から流行に疎いものねえ」
「酷い……」

 こんな残酷な罠があるだろうか。莉央のメッセージだと信じて、嬉しくてたまらなかったのに。

「もう一回聞いてみる?」

 綾華がファイルを選んでタップする。最大の音量で、その音声が再生された。


【こんにちは。私、加納……今は楠木莉央という者です! 突然、ごめんなさい。私は今、東京に来てます。奈々子に会いたい。そう思って、来てしまいました。今日の午後6時に、銀の鈴で待っています。あっ、久しぶりなので、もし分かんないといけないから、ロマンス小説を手に持っててください。来てくれると嬉しいです。よろしくお願いします!】


 最後まで聞かず、私は下を向いた。耳を塞ぎたくても両手を縛られている。
 悔しくて、悲しくて、涙がこぼれた。

「うわあ、やっと泣いた! そうやって素直になれば可愛いのにー」

 綾華が地面に膝をつき、私の顔を下から覗き込む。悦びに満ち溢れた表情は、私をいたぶっていた頃とまったく同じ。

「こんなに上手く作れるなんてビックリよねー。ちなみに莉央の声は、中学時代に撮影した動画で学習させたの。AIってすごいわよね。あの子のキンキン声も幼稚な喋り方も、用意したテキストにぜーんぶ反映されるんだもん。といっても、ニセモノはニセモノだし、注意深い人間なら違和感を持つんだけど。奈々子が相変わらず間抜けで良かった」

 綾華の追撃は止まらず、ますますヒートアップする。 
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