一億円の花嫁

藤谷 郁

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自業自得

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「すっかり信じて、銀の鈴で待ってたんでしょ? ロマンス小説を手に、バカみたいに突っ立ってるあんたをエミがずっと見張ってたのよ。たっぷり待ちぼうけさせて、とぼとぼ帰るところを掴まえろって指示したのは私。あとは知ってのとおり、作戦は大成功。こんなにもスムーズにことが運ぶなんて、お人好しなあんたならではよねえ。バチが当たったって言うかあ……自業自得ってやつ?」

 何も言い返せない。
 だけど綾華の言い分を認めたんじゃない。負の感情が込み上げて、喉が詰まっている。

「大体さあ、莉央があんたに連絡してくるとか有り得ないでしょ。だってあの子、あんたを犠牲にして自分を守った裏切り者よ? どのツラ下げて会いに来るって言うのさ」

 綾華の魂胆を理解した。
 この女は、私にとって莉央がどれだけ大切な友達だったのか、分かっているからこそ、こんな最低の手段を思いつくのだ。

「でもまさか、マジで信じるとはね。莉央から電話があるって、本気で思ってんの? てゆーかさ、声も喋り方も中学生のままなんて、おかしいと思わないわけ?」
「……」

 声も喋り方も、中学生のままーー

 あれっ? と思った。
 綾華の言葉はどれもこれも腹が立つけれど、今の指摘は、何か引っ掛かる。
 
 確かに、普通なら違和感を覚えなければならない。莉央が中学時代と変わらぬテンションで、突然、電話をかけてきたこと。

(……違う、突然じゃない)

「何よ、黙っちゃって。正論に返す言葉がないって感じ?」

 綾華の挑発には乗らない。
 私は考えている。なぜニセの電話を信じてしまったのか。

 ーー昨夜、あなたに電話がかかってきたのよ。えっと……楠木くすき莉央りおさんって方から。
 ーーご結婚されて、苗字が変わったみたいね。今更なんのご用ですかと訊いたら、電話しますと言って、切ってしまったわ。
 
 私は思い出した。
 ニセの電話の前に、『莉央』から連絡があったことを。
 だからこそ、信じてしまったのだ。

(こういうの、聞いたことがある。例えば、クレジットカードで買い物した直後、偶然そのカード会社を名乗る詐欺メールが来て、騙されてしまうといった現象)

 母が伝えてくれた。
 莉央が電話をくれたのは昨夜。携帯ではなく固定電話で、伊豆の市外局番だった。
 しかも留守電ではなく母が対応したのだ。声も、もっと落ち着いていたと言ったではないか。
 母と話したのは、本物の莉央だ。

「やだ、もう泣き止んじゃった。つまんない」

 綾華が口を尖らせ、だけどすぐ笑顔になり、元気に立ち上がった。私をやり込めて、とりあえず満足したのだろう。
 大切なことに私が気づいたとも知らずに。

「もう気が済んだか?」

 剛田が腕時計を見ながら、綾華に声をかけた。

「一応ね。でもまだこれからが本番よ。旦那を脅して、苦しめて、もっともっと泣かせてやるんだから!」

 私を見下ろす目が残忍に光る。
 だけど私は怯えない。
 気を取り直すことができたのだから。

(私は一人じゃない。莉央がいる、夏樹がいる、そして……)

「ようやく楽しくなってきた! いいわ、由比織人に電話してよ」
「了解。サル、やってくれ」
「わっかりました~!」

 綾華になんか負けない。
 もう、昔の私ではない。
 私を変えてくれたすごい人が付いているのだから。
 絶対無敵の、あの人が!

 自業自得を思い知るのは、綾華自身だ。
 発信音が鳴り響く中、まっすぐに顔を上げた。

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