一億円の花嫁

藤谷 郁

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バトル!

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 倉庫に戻ると、私は再び柱に縛られた。

「ご苦労さん、お前は車で待機してろ」

 剛田がエミさんに指示する。

「いや、そうだな……パスポートと身分証を持って、ワンボックスで待機だ。エンジンを温めておいてくれ。金を積んだ後、すぐ出せるようにな」
「ちょっと、エミは置いていってよ!」

 綾華が声を荒げた。
 剛田はジロリと見て、

「当たり前だろ。誰が連れて行くか、こんな役立たず」
「フン、そのわりにこき使うじゃない。エミは私の奴隷なんだけど?」

 耳を塞ぎたくなるような酷い会話だった。しかしエミさんは無表情で聞いている。あきらめたように。

「失礼します」

 エミさんはニット帽からワンボックスのキーを受け取ると、外に出ていった。
 そして、5分ほど経った頃……

「あっ、来ましたよ、剛田さん」

 車の音が近付いてきて建物の前で止まった。ニット帽が椅子を立ち、入り口に向けて自撮り棒を構える。
 綾華も立とうとするが剛田が「じっとしてろ。何もするんじゃねえ」と命じた。そして私の前に来て、ポケットから取り出したものを突きつける。
 
「きゃ……!」
「あんたも余計な口出しせず、大人しくしてろよ。ちゃっちゃと終わらせたいんでね」

 スイッチで開く式の鋭利なナイフ。刃物で私の命をおびやかし、織人さんを意のままに扱うつもりだ。

「ハハッ、そんなに怖がるなよ。こいつは念のためさ」

 ナイフをたたみ、ポケットに戻す。

「お坊ちゃま相手に刃物なんぞいらねえ。素手で事足りる」
「う……」
 
 織人さんのほうがずっと強いんだから! と言いたいのをこらえ、私は黙った。
 そうやって油断すればいい。いざという時、織人さんが有利になる。

(だってあの織人さんが、大人しく引き下がるとは思えない)

 彼の行動に、私はいつも驚かされている。この先何が起きるのか想像もつかず、想像するのも怖いほどだ。
 きっと、ただでは済ませないだろう。

「……!」

 バンバンと音がした。
 扉を叩く音。
 
「おいでなすったぜ。サル、開けてやれ」
「ういっす!」

 扉が軋みながら、ゆっくりと開いた。雪と風が吹き込み、一瞬、視界が霞む。

(え……………?)

 剛田も、綾華も、ニット帽もあぜんとした。
 私といえば、びっくりをはるかに超えて、気絶しそうだった。

「な、なんだお前……?」

 剛田が問いかける。声がひっくり返り、顔は間抜けていた。
 それもそのはず。
 目の前に現れたのは……

「ああーっ!! こ、こいつキングだ。ウーチューバーの!!!」

 ニット帽が大声で叫んだ。
 私は、ニット帽がキングを知っていることにギョッとすると同時に、思い至った。
 やはり、織人さんは大人しく引き下がらない。悪人どもをやっつけるつもりなのだ。
 というより、本当にヒーローになるつもりで乗り込んできた!?

「キング? なんだそりゃ」
「なんなのよ、この、猿のバケモノは!」

 剛田も綾華もパニクっている。
 しかし猿のマスクにタイツ一枚の妖怪は冷静そのもの。大音量で自己紹介した。

「そのとおり、俺の名はキング。由比織人の代理人だ!! 金を持ってきたぜ」
「はああ!?」

 剛田が叫び、綾華がその腕にしがみつく。ニット帽だけが興奮し、撮影を続けていた。

「おり……」

 名前を呼ぼうとして、慌てて口を閉じた。
 キングは会社のトップシークレット。だから織人さんは、『代理人』という設定にしたのだろう。『由比織人』の姿では暴れられないから。
 もちろん剛田たちは、まったく気づいていない。

「どういうことだ。俺は由比織人に一人で来いと言ったんだ。なんでウーチューバーが手伝ってんだよ。お前、由比のなんなんだ!」
「うるせえ! 金は用意したし、俺一人で来たし、警察に通報もしてねえ。代理人で十分だろ。文句あっか!」

 めちゃくちゃな答えだけど、キングの迫力に剛田がたじろいでいる。

「それより、奈々子……さんは無事なんだろうな。あっ!」

 キングが私を見つけて、大声で叫んだ。

「てめえ、縄をほどいて楽にさせてくれと俺……織人が電話で頼んだだろう。なんでまだ縛られてんだよ!」
「やかましい! そっちこそ勝手なことしやがって。由比とどういう関係かと訊いてんだ」
「奈々子……さん! 助けに来たから、もう安心してくれ。早くけりをつけて、家に帰ろうな!」

 剛田の問いを無視して、キングが私に声をかける。うんうんとうなずくと、彼もうなずき返した。

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