一億円の花嫁

藤谷 郁

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バトル!

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 剛田のコートを掴み、めちゃくちゃに揺さぶる。荒ぶる姿はまるで鬼女の如く。いや、これこそが綾華の本性なのだ。

「なんだよ、仲間割れか」

 キングのバカにした口ぶりに、剛田の顔つきが変わった。綾華を乱暴に突き飛ばし、怒鳴りつける。

「いいかげんにしやがれ! てめえこそ、さんざん俺を利用してきたじゃねえか。ガキのお守りはもううんざりなんだよ!」
「言うことを聞かないなら通報するわ。逃亡ルートも全部、ぶちまけてやる!」

 綾華はスマホを取り出した。

「緊急SOS。便利よねえ、110に設定済みだからスワイプするだけ」
「バカ、やめろ!!」

 剛田が慌てて止めた。
 緊急SOSには位置情報が含まれており、発信されたら逃亡が困難になる。
 綾華はスワイプしなかったが、スマホに指を当てたまま、目で脅迫した。

「最後の頼みぐらい聞いてよ、蓮」
「……分かったよ。やりゃあいいんだろ」

 剛田は心底うんざりした様子で、綾華を見下ろす。

「クソッタレが、めんどくせえ女だ」

 綾華はフフンと笑い、ポケットにスマホをしまった。

「今度こそ本当に最後だぞ。これが終わったらもう俺に関わるな、永久に」
「いいわ、約束してあげる。その代わり、あのバケモノを始末してちょうだい。あんたのやり方で」
「時間はかけねえ。だが最大の苦痛を与える……」

 剛田がキングに向き直り、対峙する。
 激しい火花が散るのが見えた。

「まあ、そういうわけだ。不本意だが、てめえを殺処分する。悪く思うなよ」
「殺処分じゃねえ、勝負だ。絶対に俺が勝つ!」
 
 剛田が帽子と手袋を外し、コートも脱いだ。キングに対して斜めに立ち、顔面を守るように拳を構える。ファイティングポーズというのだろうか。
 地下格闘家がなんなのかよく分からないが、剛田の姿は血生臭い雰囲気に満ちていた。
 
「気をつけて、キング!」

 私がたまらず叫ぶと、キングがビシッと親指を立てる。心配するまでもなく、彼は心得ているのだ。

「ヤバいやばい! こいつは撮れ高マックスだぜ!」

 ニット帽が自撮り棒を手に、そわそわと動き回る。エミさんは車の陰に隠れ、震えていた。


「まったく、手間が掛かるったら。どっちがめんどくさいのよ」

 綾華が私の横に来て、ブツブツぼやいた。興奮しすぎたのか、疲れ切ったように地面に座り込む。
 ナイフの刃は仕舞ってある。彼らの勝負がつくまで、必要ないからだ。

「クソ野郎。せめて時間を稼いでもらうわよ」

 綾華は腕時計を確かめた。

 時間を稼ぐ?
 どういうことだろう。
 まるで、何かを待っているような言い方だ。わけがわからず、私は困惑する。

「行くぞ、オラああッ!!」

 雷のような気合いにビクッとして、そちらを見る。
 キングと剛田の勝負が始まったのだ。
 パンチ、キック。間を詰めたり開いたり、激しい技の応酬だった。
 まるで、あのカンフー映画のよう。映画と違うのは、演技ではなく本気でやり合っていること。

(ああ、織人さん……怪我しないで)

 格闘技をまったく知らない私だが、二人ともかなりのレベルであると理解できる。
 だけど、素人目にもどちらが上なのか、だんだん分かってきた。織人さんのパワーに押され、剛田の顔から余裕が消えていく。

「あーあ、くだらない。バカじゃないの」

 ハッとして見ると、綾華は関心がなさそうにスマホを弄っている。

(??)

 あんなに剛田を責めて、キングをやっつけろと叫んでいたのに、この態度はなんなのか。キングが痛めつけられて私が苦しむのを見たかったのでは?
 キングが思いのほか強いので、興が削がれたとか……だけど、それならそれで、もっと悔しがるはず。

 胸騒ぎがした。
 時間稼ぎというのは、もしかして……

(綾華はさっき、誰かに連絡していた。その人を待ってるの? でも、誰かって、誰……?)

「ぐぉっ!!」

 うめき声がして、目を戻す。
 キングの足元に、剛田がうずくまっていた。お腹を押さえて。

「あ、兄貴がやられた。信じられねーっ!!」

 ニット帽が大声で叫んだ。キングにジロリと睨まれ、あとずさりしている。
 キングが勝ったのだ。

「はあぁ~、使えないったら。でもいい気味、ざまぁ」

 綾華がほくそ笑むのが分かり、私はますます困惑した。

(ざまぁって、どういうこと? 剛田がやられたのに、なんで笑ってるの)

 綾華の眼差しは冷酷なものだった。剛田は気づきもせず、腹部へのダメージに耐えている。


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