一億円の花嫁

藤谷 郁

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「お前らの完敗だ。奈々子さんを返してもらうぞ」

 汗まみれの体から、湯気が立っている。本当に、ギリギリの闘いだったのだ。
 この人はまさにヒーロー。
 全力で私を助けてくれた。
 感激のあまり「織人さん!」と叫びそうになるが、ぐっと堪える。彼はキングとして、ヒロインを守るという使命をまっとうしたのだから。

「奈々子さん、もう大丈夫だぜ」
 
 ロープを切り、私をゆっくりと立たせた。頼もしい腕に支えられて、心から安堵する。

「クソ女のせいでさんざんだったな」
「はい……えっ?」

 キングが私を守るように立ち、綾華と対峙した。大きな背中が、怒りに燃えている。

「ク、クソ女!? って……ちょっと、なにする気よ。誰か……」

 キングの迫力に圧倒された綾華が、助けを求める。だが剛田はしゃがみ込んだまま動けず、ニット帽は撮影に夢中。エミさんは車の陰から、じっと見守っていた。

「クソ女だからクソ女と言ったんだ。おい、てめえがどんな女なのか、全部知ってるんだよ。よくも俺……織人の大事な奈々子さんを傷つけてくれたな!」
「そ、そんなの、あんたに何の関係があるのよ」

 誰も助けてくれないと分かり、綾華は焦っている。口調は強気だが、明らかに逃げ腰だった。

「だいたい、あんたは由比織人のなんなの? ハッキリ言って邪魔なんだけど、部外者のくせに」
「部外者じゃねえよ。織人と俺は
……身内みてえなもんだからな」
「身内って、親戚かなんか? まさかね。あんたみたいな野蛮で下品なゴリラが、由比家の一員なわけない。その女だって」

 綾華の視線が私に移る。
 憎しみと悔しさが混ざり合う、強烈な眼差しだった。
 
「なんで由比織人と結婚できたのか全然わかんない。家柄も財産も大したことない、ちっぽけな庶民のくせに。おまけに意志の弱いグズで、逃げるしか能の無い卑怯者よ?」

 追い詰められて逆に開き直ったのか、綾華は早口でまくしたてた。

「こいつは中学時代に私を裏切り、友達を奪って逃げた。夏樹も莉央も恩を忘れ、この女にそそのかされて私を裏切ったわ。おかげで順風満帆だった私の人生にケチがついて、何もかも上手くいかなくなったんだよ。こいつのせいで!」

 自分自身に煽られるかのように、感情を爆発させる。キングという壁がなければ、掴みかかってきそうな勢いだ。

「裏切り者! あんただけは絶対に許さないからね!!」
「うるせえんだよ、クソ女!!!!!」
 
 キングが怒鳴った。
 綾華の金切り声をかき消すほどの大声が、倉庫をビリビリと震わせた。
 剛田もニット帽も、そしてエミさんも、驚いて声も出せずにいる。

「都合のいいように解釈してんじゃねえよ。てめえこそ逃げずに現実と向き合え、卑怯者」
「……な、なんですって!?」

 綾華は言い返そうとするが、キングが許さない。

「友達が裏切った? 違うね。みんなお前のわがままと卑劣なやり方にうんざりして、見限ったのさ。奈々子さんのおかげで、まっとうな道に戻ることができたんだ。いいか? お前と奈々子さんの決定的な違いはな、人としての信頼感。つまり、人間性そのものなんだよ」

 綾華が唇を噛み、血走った目でキングをにらみつける。

「気分しだいで人を振り回し、孤立させて喜ぶ。弱みを握って奴隷にする……そんな奴と付き合ってられるか。いるとしたら同類か、金目当てのクソ野郎だけだ」

 剛田が気まずそうに横を向く。

「友達面で寄ってくる連中は、用が済んだらサヨウナラ。人を利用しようとするから、同類が集まる。そして、まともな人間は離れていく。お前はな、ひとりぼっちなんだよ。世界中の誰からも必要とされず、愛されもしない」
「……黙りなさいよ、このバケモノ」

 綾華が震えている。
 声も、体も。
 
「奈々子さんは、周りの人に信頼されている。優しさが人を引き寄せるんだ。俺……織人もその一人で、だからこそ妻にしたのだと語っていたぜ」

 私はもう、泣きそうだった。
 今すぐこの人に抱きついてしまいたい。
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