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マスク
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「……そうなんですね。あの男たちにそんな事情があったなんて」
「確かに荒っぽいし、乱暴なところは苦手ですが、悪い人たちじゃないんです。もともと格闘技が好きで、強さに憧れる純朴な若者だったみたいで。悪人どころか、綾華の言いなりになってる私に同情して、こっそり励ましてくれる人もいたりして」
意外すぎる話だった。
驚く私に苦笑しつつ、エミさんが続ける。
「ていうか、西野社長に脅されてる人なら誰もがそうですよ。猿渡さんですら優しくしてくれますから」
「猿渡さん?」
「あ、はい。スマホで撮影してる人です」
「え……」
ニット帽のことだ。
「信じられない。だってあの人、トイレでエミさんをすごく怒鳴ってましたよね」
「あれはポーズです。奈々子さんの手前、緩いところは見せられないから」
「えええ……??」
「まあ、短気は短気だけど。すぐカッとなって人をけなしたり。いつものことです」
エミさんがクスッとするが、私は笑えない。あのニット帽が?
「もっと言うなら、猿渡さんの兄貴分である剛田さんも、陰では親切にしてくれますよ?」
「はい?」
一体どうなっているのだろう。
これまでの認識が180度ひっくり返ってしまう告白だった。
「綾華の前ではボロクソに言うけど、それもポーズ。私に優しくすれば、綾華が怒ってますますイジメると分かってるから。さっきだって、私をワンボックスで待機させたのは、一緒に乗せていこうとしたのだと思います」
「……ぜんぜん、気づかなかった。てっきり、綾華と一緒になってこき使っているのだと」
エミさんが首を横に振り、ハッキリと言う。
「剛田さんも、西野社長に弱みを握られています。裏社会から脱けられたのは、西野家の財力のおかげなので。しかもそれを社長に頼んだのが綾華で、つまり彼は綾華にも借りがあるわけです」
「……知らなかった」
特務室の調査も、そこまでは及ばなかった。二人は、ただの愛人関係ではなかったのだ。
「欲しいものを手に入れるためなら、綾華は手段を選ばない。彼女の父親もそれを良しとする。西野家は腐っています。私は……」
エミさんの瞳に、決意が表れていた。
「すべて父に話します。だから奈々子さん、ここを脱出しましょう、一緒に」
「エミさん……」
何より嬉しく、勇気をくれる言葉だった。私は彼女の手を握り、気持ちを伝える。彼女はもう震えていない。
「さっさとやりなさいよ、あんたたち!!」
怒鳴り声が聞こえて、私たちは視線を窓に戻す。
キングを見上げるばかりの男たちに、綾華がヒステリックに叫んでいた。
「みんな、綾華に言い返してます」
「うん」
だが、声が小さいためか、よく聞こえない。
エミさんがキョロキョロして、かがみこんだ。換気用の小窓が足元にあり、そうっと開く。
すると、綾華の金切り声とともに、男たちの声もよく響いて聞こえた。
「待ってくれ、綾華さん。こいつ一人に道具なんていらねえ。素手で十分だよ!」
綾華の近くにいる男だ。手に鉄パイプを持っている。
よく見ると、他の男たちも何かしら道具を手にしていた。バールやシャベル、斧やノコギリという物騒なものまで。
道具というより、それらは凶器だった。
「フン、なに言ってんの。あのバケザルにうちのツートップがやられてんのよ? しかも蓮はナイフ、天空はナックルを着けても負けたじゃない。雑魚が丸腰でどうすんのさ」
綾華の言葉に誰も言い返せず、気まずそうにした。
キングは橋の上で、退屈そうに眺めている。
「でもそれは一対一だったから! 俺たちがいっぺんに襲えば」
「だから! 武器を使って、いっぺんに襲えばいいでしょ? 今度こそ確実にボコボコにして、縛り上げて、私の前に土下座させなさいよ。そのあとは……」
綾華が辺りを見回し、声を張り上げた。
「奈々子、聞こえてる!? どっかに隠れてるんでしょ、エミと一緒に。あんたのバケザルがやられちゃうわよ、黙って見てるつもり!?」
ドキッとした。
この部屋にいることを綾華は知らない。だが工場内に隠れたのは察しているようだ。
「何とか言いなさいよ、卑怯者。あんたはどこまで行っても意気地なし! 今でも私が怖いんでしょ。まともに話もできない。逃げるしか能がない!」
「綾華……」
エミさんが私の肩に手を置く。挑発に乗らないでと伝えている。
「あいつを片付けたら今度はあんた! 必ず見つけ出して、思い知らせてやる。エミ、あんたもだよ。ただじゃ済まないから、覚悟しな!」
ものすごい剣幕だった。
屈強な男たちですら、引いている。
「あんたたち、ぼんやりしてないで早くやりなさいよ!」
「だ、だけどやっぱり、こんなものは。下手したら死んじまうし」
男がためらい、鉄パイプを置こうとした。
「海斗。私に逆らうなら、パパが肩代わりした母親の借金、今すぐ返しなさい」
男の動作が止まり、他の人たちもビクッとするのが分かった。
「下手したら死んでしまう? 死んでしまうのはあんたの母親かもね。女手一つで、旦那が作った借金を返しながらあんたを育ててくれたんでしょ? せっかく人間らしい暮らしができるようになったのに、今度は息子の不始末で地獄に逆戻りか……あは、かわいそー」
彼に対する脅し文句だ。
楽しそうに、歌でも歌うように綾華は紡ぐ。彼だけでなく、男たちを絡めとる毒蜘蛛の糸を。
海斗と呼ばれた男は、迷いを振り切るように鉄パイプを握り直した。
それを見て、全員が凶器を構える。
「確かに荒っぽいし、乱暴なところは苦手ですが、悪い人たちじゃないんです。もともと格闘技が好きで、強さに憧れる純朴な若者だったみたいで。悪人どころか、綾華の言いなりになってる私に同情して、こっそり励ましてくれる人もいたりして」
意外すぎる話だった。
驚く私に苦笑しつつ、エミさんが続ける。
「ていうか、西野社長に脅されてる人なら誰もがそうですよ。猿渡さんですら優しくしてくれますから」
「猿渡さん?」
「あ、はい。スマホで撮影してる人です」
「え……」
ニット帽のことだ。
「信じられない。だってあの人、トイレでエミさんをすごく怒鳴ってましたよね」
「あれはポーズです。奈々子さんの手前、緩いところは見せられないから」
「えええ……??」
「まあ、短気は短気だけど。すぐカッとなって人をけなしたり。いつものことです」
エミさんがクスッとするが、私は笑えない。あのニット帽が?
「もっと言うなら、猿渡さんの兄貴分である剛田さんも、陰では親切にしてくれますよ?」
「はい?」
一体どうなっているのだろう。
これまでの認識が180度ひっくり返ってしまう告白だった。
「綾華の前ではボロクソに言うけど、それもポーズ。私に優しくすれば、綾華が怒ってますますイジメると分かってるから。さっきだって、私をワンボックスで待機させたのは、一緒に乗せていこうとしたのだと思います」
「……ぜんぜん、気づかなかった。てっきり、綾華と一緒になってこき使っているのだと」
エミさんが首を横に振り、ハッキリと言う。
「剛田さんも、西野社長に弱みを握られています。裏社会から脱けられたのは、西野家の財力のおかげなので。しかもそれを社長に頼んだのが綾華で、つまり彼は綾華にも借りがあるわけです」
「……知らなかった」
特務室の調査も、そこまでは及ばなかった。二人は、ただの愛人関係ではなかったのだ。
「欲しいものを手に入れるためなら、綾華は手段を選ばない。彼女の父親もそれを良しとする。西野家は腐っています。私は……」
エミさんの瞳に、決意が表れていた。
「すべて父に話します。だから奈々子さん、ここを脱出しましょう、一緒に」
「エミさん……」
何より嬉しく、勇気をくれる言葉だった。私は彼女の手を握り、気持ちを伝える。彼女はもう震えていない。
「さっさとやりなさいよ、あんたたち!!」
怒鳴り声が聞こえて、私たちは視線を窓に戻す。
キングを見上げるばかりの男たちに、綾華がヒステリックに叫んでいた。
「みんな、綾華に言い返してます」
「うん」
だが、声が小さいためか、よく聞こえない。
エミさんがキョロキョロして、かがみこんだ。換気用の小窓が足元にあり、そうっと開く。
すると、綾華の金切り声とともに、男たちの声もよく響いて聞こえた。
「待ってくれ、綾華さん。こいつ一人に道具なんていらねえ。素手で十分だよ!」
綾華の近くにいる男だ。手に鉄パイプを持っている。
よく見ると、他の男たちも何かしら道具を手にしていた。バールやシャベル、斧やノコギリという物騒なものまで。
道具というより、それらは凶器だった。
「フン、なに言ってんの。あのバケザルにうちのツートップがやられてんのよ? しかも蓮はナイフ、天空はナックルを着けても負けたじゃない。雑魚が丸腰でどうすんのさ」
綾華の言葉に誰も言い返せず、気まずそうにした。
キングは橋の上で、退屈そうに眺めている。
「でもそれは一対一だったから! 俺たちがいっぺんに襲えば」
「だから! 武器を使って、いっぺんに襲えばいいでしょ? 今度こそ確実にボコボコにして、縛り上げて、私の前に土下座させなさいよ。そのあとは……」
綾華が辺りを見回し、声を張り上げた。
「奈々子、聞こえてる!? どっかに隠れてるんでしょ、エミと一緒に。あんたのバケザルがやられちゃうわよ、黙って見てるつもり!?」
ドキッとした。
この部屋にいることを綾華は知らない。だが工場内に隠れたのは察しているようだ。
「何とか言いなさいよ、卑怯者。あんたはどこまで行っても意気地なし! 今でも私が怖いんでしょ。まともに話もできない。逃げるしか能がない!」
「綾華……」
エミさんが私の肩に手を置く。挑発に乗らないでと伝えている。
「あいつを片付けたら今度はあんた! 必ず見つけ出して、思い知らせてやる。エミ、あんたもだよ。ただじゃ済まないから、覚悟しな!」
ものすごい剣幕だった。
屈強な男たちですら、引いている。
「あんたたち、ぼんやりしてないで早くやりなさいよ!」
「だ、だけどやっぱり、こんなものは。下手したら死んじまうし」
男がためらい、鉄パイプを置こうとした。
「海斗。私に逆らうなら、パパが肩代わりした母親の借金、今すぐ返しなさい」
男の動作が止まり、他の人たちもビクッとするのが分かった。
「下手したら死んでしまう? 死んでしまうのはあんたの母親かもね。女手一つで、旦那が作った借金を返しながらあんたを育ててくれたんでしょ? せっかく人間らしい暮らしができるようになったのに、今度は息子の不始末で地獄に逆戻りか……あは、かわいそー」
彼に対する脅し文句だ。
楽しそうに、歌でも歌うように綾華は紡ぐ。彼だけでなく、男たちを絡めとる毒蜘蛛の糸を。
海斗と呼ばれた男は、迷いを振り切るように鉄パイプを握り直した。
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